リオオリンピックメダリストに学ぶ「勝利の法則」(第5回)

「絶対王者」が組織を変える、内村航平の影響力とは

2016.12.06 Tue連載バックナンバー

 体操の内村航平選手は19歳で出場した北京オリンピックで、団体総合・個人総合ともに銀メダルを獲得した。10代の個人総合のメダル獲得は日本史上初の快挙であった。

 その後の彼の活躍ぶりは圧倒的だ。2015年世界体操競技選手権で、個人総合で金メダルを獲得し前人未踏の6連覇を達成。続く2016年リオオリンピック個人総合では2連覇。歴代4人目、日本人としては44年ぶりの記録である。他を寄せ付けない強さを誇る内村選手のことを、人々はいつしか「絶対王者」と呼び始めた。

 内村選手のような絶対王者はどのように生まれ、そしてメンバーにどのような影響を与えたのか。金メダルの裏側に迫る。

 

「絶対王者」が成り立ちにくい時代

 他を寄せ付けず、王座やタイトルを連続して獲得し続ける、抜き出た強さと記録を持つ人物に付けられる呼称、それが「絶対王者」である。しかし、このように呼ばれる人物は、今の世の中ではあまり見られない。

 たとえば昭和の時代は、圧倒的に強い者が存在し、大衆がそれを応援することが当たり前であったので、絶対王者という存在は今よりも珍しくはなかった。かつて、人気者の代名詞として、「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉があったが、野球の読売巨人軍(ジャイアンツ)や相撲の横綱大鵬は、まぎれもなく今でいう「絶対王者」だ。

 やがて、巨人や大鵬のような絶対王者に憧れ、目指す者が生まれ、絶対王者にライバルが誕生した。球界や角界のレベルはあがり、すそ野が広がり、それにつれて人気も向上した。「絶対王者」の存在は、このように個人としてだけではなく、チームとして、さらには、業界や社会にまでその影響が広がる、貴重な存在である。

 しかし、「絶対王者」が存在することが当たり前であった時代は、今は昔である。全体のレベルが上がり、すそ野が広がったことによって、「絶対王者」であり続けることが、極めて困難となった。

 この現象は、スポーツ界に限ったことではない。たとえば、かつては、車でいえば「トヨタのクラウン」、新卒の就職で言えば「リクルート」といった代表格となる商品やサービスが存在した。しかし、消費者のニーズは多様化し、商品の種類は増え、サイクルが短くなり、ビジネス界においても同様に「絶対王者」であり続けることが、難しい時代となっている。

 

ルールブックを愛読する体操少年

 そんな時代において、「絶対王者」と呼ばれるに相応しい数少ない人物の1人が、体操の内村航平選手である。

 内村選手の強さの秘訣は、… 続きを読む

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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