リオオリンピックメダリストに学ぶ「勝利の法則」(第2回)

メダリストが全員教え子、レスリング栄監督の指導法

2016.10.22 Sat連載バックナンバー

 今年のリオデジャネイロオリンピックでは、女子レスリングが大躍進した。吉田沙保里選手が惜しくも4連覇を逃し銀メダルに終わったものの、6階級中4つの金メダルを獲得(登坂絵莉、伊調馨、川井梨紗子土性沙羅の4選手)。金メダルの数は、2004年のアテネ2つ、2008年北京2つ、2012年ロンドン3つと、着実にその数を増やし続けてきた。

 これらのメダルはもちろん、一人ひとりの選手の努力の賜物であるが、12年間で16個のメダルを獲得した8人のメダリスト全員が、至学館大学レスリング部監督兼全日本女子レスリングヘッドコーチの栄和人氏の教え子であることを見逃すことはできない。栄氏は、どのようにして金メダリストを育成したのであろうか。

 

肝心なところで負け続けた現役時代

 1960年、鹿児島県の奄美大島に生まれた栄氏は、高校時代からレスリングに取り組み、日本体育大学進学後の1980年に大学選手権で優勝。その3年後の1983年には全日本選手権でも優勝するなど、将来を期待された選手だった。

 だが、その後巡ってきた二度のメダル獲得のチャンスをものにすることができなかった。1度目は、1984年のロサンゼルス五輪。前年の世界選手権は初出場で4位に入賞し、栄氏自身も「この調子で行けば金メダルを狙える」と手ごたえを感じていた。しかし、国内の選考会で負けてしまい、五輪に出場すらできなかった。

 2度目は1988年のソウル五輪。オリンピック本戦への出場は果たしたが、初戦の残り20秒でまさかの逆転負け。当時のルールでは、その後の試合結果によっては上位に食い込む可能性も残っていたが、それでもあえなく四回戦で敗退してしまった。

 栄氏は1987年の世界選手権で銅メダルを獲っており、全力を出せれば充分金メダルを狙うことができたはずだった。しかし、肝心なところで力が発揮できなかった。栄氏が「オリンピックでメダルを取ることは簡単ではない」という思いを抱くには十分な失敗だった。

 

吉田沙保里と伊調馨を本気にさせたある出来事

 それから十数年の歳月が流れ、栄氏は女子レスリングを指導する立場に就いた。

 2001年の全日本選手権、栄氏の教え子である大学1年生の吉田選手は、順調に予選を勝ち上がり準決勝まで進出。しかし、世界大会三連覇中の山本聖子選手に対して、2-0でリードしながら残り15秒から逆転負けを喫してしまった。栄氏は戻った吉田選手にビンタを浴びせた。

 栄氏は言葉も発することなく、次の試合のセコンドにつくために伊調馨選手の元に向かった。だが、伊調馨選手もまたリードして試合終盤を迎えながら逆転負けしてしまった。すると栄コーチは、… 続きを読む

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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