日本を支えた“中間管理職”の苦悩(第9回)

新選組はブラック企業!?鬼の中間管理職・土方歳三

2016.10.21 Fri連載バックナンバー

 新入社員研修に自衛隊の体験入隊を採用する企業が増えているという。新人たちに集団行動での規律の大切さを知ってもらうことが狙いだ。自衛隊が災害現場や海外の紛争地で任務を遂行するためには、規律の厳守が大前提になる。裏を返せば、規律が存在しないと作戦行動は成立しない。

 もちろん、数日の体験で人間が根底から変わるはずはないし、上官への絶対服従は、いわゆる「社畜」体質につながるなどの批判もあるが、企業人に組織の一員としての自覚が不可欠なのは確かといえる。

 幕末、江戸幕府によって京都の警察活動役として取り立てられた新選組には、学生気分が抜けない新入社員のように、規律の大切さを理解していない隊士が多く所属していた。これを律し、新選組を作戦行動可能な組織に育てたのが“鬼の副長”と呼ばれた土方歳三である。

 土方はその二つ名の通り、局長であり親友でもある近藤勇を補佐するナンバー2だった。しかし、内部のルールは土方がほぼ一人で考え、厳しく従わせた。新選組が江戸幕府公認の存在に成長できたのは、鬼のような中間管理職の土方がいたからなのだ。

 

多摩の農家出身の土方が京都を警備するまで

 土方の出身地・多摩郡石田村(現・東京都日野市)は幕府が直接管理する直轄領で、幕府や武士への敬慕が強い土地柄だった。このため土方は武士道を重んじたが、武家出身ではない。実家は農家で、近藤も同様だ。二人は近藤が師範を務める剣術道場・試衛館(しえいかん)で知り合った。

 新選組結成の契機は1863年に訪れる。思想家・清河八郎の提案で、14代将軍・徳川家茂の上洛を警護する浪士組が募集されると、土方や近藤ら試衛館の面々はすぐ馳せ参じた。ところが京都に到着した途端、清河が真実を明かす。清河は外国勢力排除を謳う攘夷(じょうい)論者で、家茂の警護とは表向きの理由、浪士組は攘夷活動の戦力として天皇側に取り込もうとするために集めたと言うのだ。

 土方らは、幕府以外の命令には従わないとして清河と決別。京都を警備する幕府の役職・京都守護職を務める会津藩(現・福島県)預かりとなって「壬生(みぶ)浪士組」を結成し、京都の警備に当たった。

 それからほどなくして会津藩と薩摩藩(現・鹿児島県)が協力し、過激な攘夷を訴える長州藩(現・山口県)を京都から追放する八月十八日の政変が起きた。この際に壬生浪士組のはたらきが幕府から評価され、新選組の名を拝領したのである。

 つまり新選組は、幕府が設けた部署ではなく、幕府という公的機関から警備の外注を受けた民間企業という位置付けになる。

 

「武士よりも武士らしく」局中法度で規律を保つ

 新選組は、土方らが武士ではなく一般人だったこともあって、身分を問わず誰でも入隊できた。しかしそれは同時に、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

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歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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