日本を支えた“中間管理職”の苦悩(第5回)

敵より厄介な“味方”に苦しんだ中間管理職・片桐且元

2016.08.22 Mon連載バックナンバー

 現在放送中のNHK大河ドラマ「真田丸」は、堺雅人演じる戦国武将・真田信繁(通称・幸村)の生涯を描く作品だ。平均視聴率は暫定的に約17%をキープしており、健闘している。

 放送が折り返しを過ぎ、天下人・豊臣秀吉の死が描かれた今、注目を集めそうな人物が、秀吉に仕えた官僚・片桐且元(かたぎりかつもと)だ。時代が天下分け目の関ヶ原の戦い、豊臣家滅亡の直接の原因である大坂の陣へと向かうにつれ、且元は苦悩を抱えることになる。新たな天下人・徳川家康と豊臣家のパイプ役という重責を担い、両者の板挟みになったからだ。「真田丸」ではお人好しな性格で笑いを誘う描写の多い且元が、やがて苦境に立たされ、内面を吐露してゆく姿が描かれるかもしれない。

 結果からいえば、且元は大坂の陣開戦のきっかけをつくっている。しかし、誰よりも合戦を避けようとしたのは且元だったのだ。なぜ、望まぬ展開になったのか。その背景には、敵はもちろん、味方の扱いの難しさがあった。

 

中枢を担う人材が消え去った豊臣家の家老に

 且元は秀吉が天下を取る以前から仕えた古参幹部だ。合戦時の補給路確保、城下町の整備、訴訟の調停などに手腕を発揮し、実務能力を評価されて秀吉の後継者・豊臣秀頼の後見人に抜擢された。裏方を得意としたので派手さはないが、豊臣政権に欠かせない中間管理職だったのである。

 豊臣政権が長らく安泰だったら、優れた実務家とだけ後世に伝わったかもしれない。しかし秀吉の死後、自らの政権樹立を狙う徳川家康と、豊臣政権存続を望む石田三成の対立が顕在化し、関ヶ原の戦いに発展すると、且元の人生も大きく軌道を変える。関ヶ原の戦いは家康の勝利に終わった。この時点の家康はまだ豊臣家の一家臣という立場だったが、三成をはじめ多くの中心的な官僚を失った豊臣政権下で、絶大な権力を握ることに成功した。表面的には秀頼を立てつつ、家康は自分の天下取りの準備を着々と進めていったのである。

 家康天下取りの布石のひとつとして行われたのが、秀頼に次ぐ豊臣家ナンバー2の家老へ、且元を指名したことだ。この人事には家康と且元の関係が影響していた。且元は秀吉死後に家康が台頭すると素早く接近し、関ヶ原の戦い後には娘を人質として家康に敵意がないことを示したのだ。この態度が家康の意にかない、大役就任につながったのである。

 しかし且元は豊臣家を見限ったのではない。むしろ豊臣家のためを考えて行動していた。

 

且元が考えた豊臣家生存策… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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