日本を支えた“中間管理職”の苦悩(第4回)

「嫌われる勇気」で大事を成した中間管理職・勝海舟

2016.07.27 Wed連載バックナンバー

 2013年12月に発行された「アドラー心理学」の解説書『嫌われる勇気』は瞬く間にベストセラーとなり、現在も老若男女を問わず幅広い層に愛読されている。

 アドラー心理学は、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが20世紀前期に提唱したパーソナリティ重視の心理学理論である。人が満ち足りた人生を送るには、他人の言葉に左右されず自分がいいと思うことをするべきだという考え方で、そのためには他人から嫌われることも恐れてはならないという意味が、タイトルの「嫌われる勇気」には込められている。

 100年以上前の学説が今になって支持される理由には、SNSの浸透が挙げられるだろう。「SNS疲れ」に象徴される、誰にでもいい顔をしなくてはならない風潮を息苦しく感じる人が多いのだ。

 もともと協調性を大切にする日本人にとって、嫌われる勇気を持つことはハードルが高いかもしれない。しかし、組織や企業を確固たる信念で導こうとすれば自然と必要になる。その好例が、幕末の江戸幕府に仕えた勝海舟(かつかいしゅう)だ。坂本龍馬の師匠であり、海軍の創設や戊辰戦争における「江戸城無血開城」に貢献した海舟だが、中間管理職でありながら幕府の政策を幾度となく批判したことで、多くの幕臣にも、上司の15代将軍・徳川慶喜にも嫌われていたのである。

 

渡米経験でグローバル化の必要性を強く意識する

 若い頃から幕府に仕えていた海舟だが、その関心は海外へと向けられていた。1860年に渡米の機会を得ると、喜び勇んで出港した。1858年に批准された日米修好通商条約の遣米使節に志願し、軍艦・咸臨丸(かんりんまる)の艦長となって海を渡ったのである。

 当時の日本は、対外貿易や出入国を制限する鎖国政策がアメリカの要求に応じて解かれたばかりだった。江戸幕府初期から200年以上鎖国を続けた日本が開国し、アメリカとの通商ルールを定めたのが日米修好通商条約である。

 この条約は、日本に関税自主権がないなどの理由で不平等条約と説明されることが多く、当時の日本でも大きな反発が起こった。しかし海舟は、どんなかたちであれ海外と貿易して日本をグローバル化するべきだと考えていた。そして、日本をはるかに凌駕するアメリカの技術や社会制度を実際に見聞すると、自分の考えに確信を持つ。

 長い鎖国で海外情勢に疎い日本では、戦争で外国勢力を追い払えという攘夷(じょうい)論が盛り上がり、幕臣にも支持された。その中で海舟は、積極的に外国と関係を持つべきだと主張したのである。幕臣に嫌われるのも無理からぬ話だった。

 

歯に衣着せぬ物言いで何度も左遷される

 帰国した海舟は日本とアメリカの違いを幕臣に尋ねられ、「アメリカのリーダーは… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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