日本を支えた“中間管理職”の苦悩(第14回)

出世の嫉妬を行動で退けた 中間管理職・井伊直政

2017.01.26 Thu連載バックナンバー

 2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎は、タイトルからわかる通り、女性ながらに遠江(現・静岡県西部)の井伊家当主となった戦国時代の人物である。

 そして、直虎が懸命に守った井伊家の血脈を継いだのが、義理の息子・井伊直政だ。直政はのちの天下人・徳川家康に仕え、徳川四天王の一角を担う活躍を持って江戸時代の井伊家繁栄の礎を築いた。直虎の決意と苦労は直政によって大いに報われたのだ。

 直政は家康が独立したのちに仕えた新参者である。しかし文武に秀でており、若いうちから家康に重用された。このため年長の旧臣たちから嫉妬されたが、それを跳ね返す独自の方法論を用いて徳川家臣のトップまで昇りつめたのである。

 

苦難続きの少年期を経て家康に出仕する

 直政は直虎の実子ではない。父は井伊直親(なおちか)、母は井伊家の分家筋に当たる奥山親朝の娘である。直虎と直親は婚約していたといわれるが、直親の父・直満(なおみつ)が当時の主君である今川家に謀反の疑いで謀殺されたため、直親は婚儀を上げる前に信濃(現・長野県)へ亡命した。そこで奥山親朝の娘と結婚し、直政が生まれたのである。

 不幸は続き、直親も今川家から謀反を疑われて謀殺された。そしてわずか2歳の直政は「謀反人の息子」として追われる身となり、寺を転々とする。この頃、井伊家には家督を継げる男性がいなくなり、直虎が当主に就いたのだ。

 直虎は直政の養母となり、次期当主として養育した。直政を家康に出仕させると決めたのも直虎のようである。

 こうして直政は、15歳で家康の家臣となった。このとき、他家の養子になったと装うために実母が徳川家臣・松下連昌と再婚して松下氏を名乗っていたが、家康に許されて井伊氏に復姓した。直虎から井伊家当主を引き継いだのも同時期である。

 後年、直政は「本気になれば天下を取れる」と評されたが、生涯を通じて家康に忠誠を捧げた。家康が少年期の苦境から救ってくれたという感謝は揺るがなかったのだろう。

 

武田の赤備えを受け継ぐ

 家康の近習となった直政は、本能寺の変で敵地に孤立した家康を護衛して領地に無事帰還させるなどの手柄を立てる。

 家康は直政に名将の片鱗を感じ、期待を込めて大きなプレゼントを贈った。滅亡した甲斐(現・山梨県)の武田家から召し抱えた、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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