世界を相手に勝つ日本人アスリート(第2回)

錦織圭の躍進に見る、「才能」の大事な育て方

2015.11.25 Wed連載バックナンバー

 2015年3月2日、テニスの錦織圭選手がメキシコ・オープンで準優勝を遂げ、テニスの世界ランキング「ATPランキング」で、自己最高位の4位にランクインした。

 この世界ランキング「4位」という数値は、日本人では1995年のクルム伊達公子の4位に並ぶ数値である。特に男子では、1992年の松岡修造の46位が世界ランキングの最高位だった。錦織が現れるまでは、日本人男子がTOP10に入るなど、夢のような話であった。

 前回取り上げた「なぜラグビー日本代表はW杯で活躍できたのか?」では、 日本で伝統的に行われている指導の問題点を指摘したが、錦織圭は幸いなことに、いち早く才能を見出され、こうした日本的指導を強いられることなく育てられた。

 今の錦織は、どのようにして誕生したのか。『錦織圭(オリンピックのアスリートたち) 』(汐文社刊、本郷 陽二編)から、どのような指導を受けてきたのか紹介しよう。

 

柏井コーチ――才能を見抜き、型にはめない

 テニスを始めた頃、コーチを務めていたのは錦織の父親であった。しかし、錦織のあまりの上達ぶりに、父親は「もしかするとトップに行けるのではないか?」と思い始め、1年後にはテニススクールに入れた。スクールの指導者だった柏井正樹コーチは、テニス選手としての華々しい経歴こそないものの、教え子を全国大会へ導くなど、指導者として実績ある名コーチであった。

 柏井はすぐに錦織の才能を見抜いた。彼は錦織のことを、テニスにおいて最も重要な二つの才能、「いろんなショットを自在に表現できるボールセンス」と「いつどこにどんなショットを打つか、選択表現できるゲームセンス」の両方の才能を兼ね備えた、“1万分の1の才能の持ち主”と評価した。

 才能を見抜いた柏井は、錦織に型をはめるようなことはしなかった。最も典型的なのが、錦織の代名詞でもある「エアK」だ。… 続きを読む

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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