戦国武将、2代目の苦悩(第5回)

上杉景勝/度重なるピンチをチャンスに変えた名君

2015.12.18 Fri連載バックナンバー

 戦国時代に越後(現在の新潟県)を治めていた上杉謙信は、自身が参加した合戦で一度も負けたことがない“軍神”でありながら、自領の越後より外にはほとんど勢力を広げず、利害を捨てて人道を重んじる「義」を掲げて自国のために戦った、珍しい戦国大名です。その孤高の生き様から、当時の人々に畏怖の念を抱かれ、「越後の龍」と呼ばれました。

 謙信は生涯独身を貫いたため実子はいませんが、養子を数人もらっており、そのうちのひとりが、今回紹介する2代目・景勝(かげかつ)です。

 養父である謙信に比べて、景勝の評判は芳しくはありません。しかし、2009年の大河ドラマ「天地人」の主人公にもなった家臣の直江兼続と二人三脚で、明確なビジョンを打ち出しながら逆境を乗り越えていきました。

 

天下に名を馳せた「越後の龍」の養子

 謙信は相模(神奈川県)の長尾郷からはじまった長尾家の分家である越後長尾家の出身で、関東を管理する関東管領・上杉憲政の養子となって上杉姓を名乗りました。このため、謙信以降の上杉家は長尾上杉家とも呼ばれます。

 長尾上杉家の2代目が景勝です。謙信の姉・仙桃院(せんとういん)とその夫・長尾政景との間の子で、一度も妻を持たなかった謙信の養子に迎えられました。景勝は謙信を尊敬して「義」を重んじ、常に無口かつ無表情を貫いて、謙信のような威厳を醸し出していたといわれます。しかし、カリスマ性や求心力では謙信に及ばないと評されることが多く、知名度はいまひとつ。

 ならば景勝は凡庸な2代目だったのかといえば、もちろん違います。

 謙信というと清廉な義将ぶりに目が行きがちですが、… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter