なぜフィギュアスケート選手に名古屋出身が多いのか

フィギュアに学ぶ、企業が成長し続けるための3要素

2015.01.14 Wed連載バックナンバー

 日本のフィギュア・スケート界は、男女ともに才能を持った選手が次々と輩出されている。この数年間で活躍した選手たちの出身地・高校・大学を見ると同じ地名・校名が並ぶ。

 特に、小塚崇彦、浅田真央、安藤美姫、村上佳奈子の4選手は全員名古屋市出身で、中京大学付属中京高校中京大学に進んでいる。鈴木明子も同じ愛知県豊橋市の出身だ。

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 なぜ、フィギュア・スケートには愛知県や名古屋出身の選手が多いのだろうか。なぜ、好成績をあげているのだろうか。
 フィギュア・スケート選手を通して、ビジネスに通底するものがないかを考察してみる(文中敬称略)。

 

フィギュア王国の誕生 ~小塚光彦の奔走~

 戦後の名古屋におけるフィギュア・スケートの歴史は、小塚崇彦の祖父・光彦から始まる。光彦は旧満州にいた時にフィギュア・スケートを始め、戦後、日本に戻ると仲間を募り、1948年に愛知県スケート連盟を創立し、フィギュア・スケートの普及に努めた。さらに、スケートリンクのあるスポーツセンター建設に奔走し、1953年に名古屋スポーツセンターが完成した。

 光彦は自らもコーチを務め、長男の嗣彦や山田満智子、門奈裕子らを指導した。山田と門奈は指導者となり、山田は伊藤みどり、浅田真央、村上佳奈子を、門奈は安藤美姫を育てている。

 中部地区と東北地区のスケートリンク数を下表に掲げたが、愛知県は雪国でないにも関わらず、周辺地域と比べてリンク数が多いことがわかる。それだけ、スケートをする環境が整っているということだ。整った環境があれば、自然と競技人口も増え、指導者も集まる。良い指導者がいれば良い選手が育ち、才能のある選手がさらに集まる好循環が生まれる。

 フィギュア・スケートの場合は特に演技力や表現力といったものが要求される。これらは、選手個人の力だけでは上達や成長が難しい。他のスポーツの多くが、体力や筋力などの身体能力、個人の能力に大きく依存するのに対して、フィギュア・スケートは別の能力を求められ、そのセンスを磨くために優秀な指導者が必要とされる。

 

フィギュア王国の完成 ~伊藤みどりと山田コーチの銀メダル獲得~

 名古屋市がフィギュア・スケート王国として揺るぎないものとなったのは、伊藤みどりと山田満智子の師弟による活躍である。伊藤も名古屋出身である。

 3歳からスケートを始めた伊藤は、5歳の時から山田から指導を受け始め、小学4年生の時に全日本ジュニア選手権に優勝、その年の世界ジュニア選手権に史上最年少の日本代表に選出され、フリー1位、総合8位となった。その頃になると、山田は自宅に伊藤を引き取り、早朝から深夜まで練習が続いた。

 伊藤は中学3年で初めて全日本選手権に優勝すると、以後8連覇を達成する。この間、カルガリー五輪で5位入賞、アルベールビル五輪では銀メダルを獲得した。名古屋の街が伊藤のメダル獲得に歓喜すると同時に、フィギュア・スケートに対する熱気が高まったのは容易に想像できる。

 

名古屋をフィギュア王国に導いた要素

 ここまで見てきたように、名古屋がフィギュア王国になった背景には、次の3つの要素が揃っていたことがわかる。… 続きを読む

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結城 数馬

結城 数馬

フリーライター

歴史・文学からビジネス、スポーツ等、幅広い分野において執筆を行う。共著に『武田勝頼の滅亡は武田信玄の残したリソースを有効活用できなかったことに尽きる』『IT・ベンチャー企業の組織作りは豊臣政権崩壊に学べ』『新約 真田幸村』『信長のおばさん』等(全て、まんがびと刊)がある。

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