幕末藩主に学ぶリーダーの資質(第11回)

開国の大議論をまとめた福山藩・阿部正弘の根回し力

2015.05.15 Fri連載バックナンバー

 会議で議論が紛糾した場合、あるいは事前に混乱が予想できる場合、とりまとめる人物がすべきことは何でしょうか。それは、事前に参加者の主張を把握し、互いの意向を確認しておくこと――根回しです。一般的に根回しというと「自分の意見を通すために裏で動き回る」といったマイナスイメージがあるのも事実。しかし、他の人の意見に耳を傾けることは相手への配慮でもあり、むしろ前向きな手順ともいえます。

 根回しの重要性は、組織と議題の規模が大きくなるにつれて増していきます。意思決定権を持つ人数が増えるほど、主張をすり合わせるポイントが増え、合意形成が難しくなるからです。ましてそれが国の行く末を決める案件だとしたら、どうでしょうか。

 ペリーが来航した際、老中の筆頭であった福山藩(広島県福山市)主・阿部正弘は、まさにそうした局面にあたった調整の達人でした。藩政はほぼかえりみることができませんでしたが、命をすり減らして国難と向き合った人物です。そこで今回は、老中としての働きに注目し、200年の鎖国体制を破るか否かという大問題を、彼がどうさばいたのかを振り返ってみましょう。

 

アヘン戦争の衝撃により外交策を転換

 阿部は弱冠25歳で老中に就任しました。その3年後、東インド艦隊司令官・ビドル率いる黒船が浦賀に来航します。この時は浦賀奉行が交易の要求を拒否しましたが、以降阿部は、前老中・水野忠邦による海防強化策を緩めるべく、外交方針を転換していきます。

 そのきっかけとなったのが、数年前に起きたアヘン戦争でした。阿部ら幕府は、大国・清を敗北させたイギリス艦隊の軍事力を恐れ、危機感を募らせていたのです。そこで、「外国船への対応」「経費を抑えた海防策」を議題とする有識者会議を開くようになります。

 会議を重ねた結果、外国とは戦闘せず、軍備を抑えるという方針をとることになりました。当時、大規模な一揆や飢饉などによって諸藩は深刻な財政難におちいり、海防を強化する余裕がなかったためです。そんな状態で外国を刺激すれば、清国の二の舞になりかねません。こうして、幕府周辺で「鎖国体制をやめる時がきた」との見解が共有されます。

 実はこの有識者会議こそが、阿部の持論である「戦争回避」に持ち込むための高度な政治工作でした。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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