真のリーダーシップは危機的状況で発揮される(第4回)

八甲田山の青森第5聯隊に見る、組織の混乱と暴走

2014.12.18 Thu連載バックナンバー

 雪の八甲田山中での再会を約束した徳島大尉と神田大尉。前回は、三本木までの行程を順調に進めた徳島大尉のリーダーシップを述べた。八甲田山を目の前にして、再会するはずの宿泊所に青森第5聯隊(れんたい)の姿が見えないことに徳島大尉は不安を感じ、神田大尉の身を案じる。

 青森第5聯隊と神田大尉に、一体何が起きていたのだろうか。

 

慌ただしい編成準備 ~出発前夜の神田大尉の不安~

 青森第5聯隊の雪中行軍の編成完了は、出発前日の午後だった。

 見習士官と特務曹長を含めて将校16名、残りは全て下士官と兵卒からなる総員210名の中隊編成である。その中には4人1組による、燃料や食糧を積んだ平均重量100kgの14台のソリ隊があった。

 温泉旅行気分の隊員たちを見て神田大尉は、山田少佐に今回の雪中行軍の重要性と危険性の訓示を依頼した。本来ならば、雪中行軍の指揮官である神田大尉が行うべきだが、組織の序列を重んじる神田大尉の性格が、同行する上官を差し置くことを許さなかった。

 山田少佐は、準備で誰もが忙しいから各小隊長から指示すればいい、と言った。

 それならば、なおのこと神田大尉が行っていいはずだが、生真面目な神田大尉は山田少佐の指示に従った。

 

青森第5聯隊 雪中行軍第1日 ~奪われた指揮権~

 1902(明治35)年1月23日6時55分、青森第5聯隊雪中行軍隊は営舎を出発した。八甲田山系の麓にある田茂木野村まで順調に進み、小休止をした。

 村人が神田大尉を探している。宿泊地の田代温泉までの道案内をするためだった。山田少佐に見咎められた村人が事情を話すと、山田少佐は、お前たちは金が目当てだろうと罵倒した。

 山田少佐の大声を聞きつけて、神田大尉が近づいた時には遅かった。山田少佐は、戦地で案内人など使える訳がない、目の前の困難を切り開いていくのが軍である、と村人に怒鳴った。

 村人は引き下がり、神田大尉も何も言えなかった。

 「出発用意!」山田少佐の声が響く。将校たちは目を見交わせて訝しんだ。雪中行軍の指揮官である神田大尉ではなく、なぜ随行の山田少佐が号令をかけるのか。

 続いて山田少佐の「前へ進め!」の声。

 指揮権が山田少佐によって奪われた瞬間である。

 

指揮命令系統の混乱と責任の回避 ~根拠のない精神論と組織の暴走~

 田茂木野を出ると雪が深くなり、ソリ隊が遅れた。天候も荒れ始めた。… 続きを読む

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結城 数馬

結城 数馬

フリーライター

歴史・文学からビジネス、スポーツ等、幅広い分野において執筆を行う。共著に『武田勝頼の滅亡は武田信玄の残したリソースを有効活用できなかったことに尽きる』『IT・ベンチャー企業の組織作りは豊臣政権崩壊に学べ』『新約 真田幸村』『信長のおばさん』等(全て、まんがびと刊)がある。

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