偉人に学ぶ、時代を生き抜く企業経営術(第7回)

運命の出会いで道を切り拓いた石田三成のおもてなし

2014.02.20 Thu連載バックナンバー

 みなさんは「感動のおもてなし」というものを受けたことがあるだろうか?

 私の場合、数年前のことだが、お客さまを訪問する前に喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、思わず手が滑りスーツを汚して困ったことがあった。その時、店の女性スタッフがタオルでスーツに付着したコーヒーの汚れを必死になって拭いてくれ、何とかお客さまのところに行けるようにしてくれたことに感動したことがある。

 「顧客満足」を標榜している企業は数多あるが、顧客にとっては満足させてもらうのは当たり前。これからの時代、いかに顧客を感動させていくか? が問われてくる。

 

秀吉の期待を超えた、三成少年の見事なおもてなし

天下人・豊臣秀吉(左)と佐吉少年(後の石田三成)(右)の
出会い像。(滋賀県長浜市・JR北陸線 長浜駅前)

 天正2年(1574年)、わずか14歳にして、後に天下を統一する豊臣秀吉を、「感動のおもてなし」で心酔させた少年がいる。その名は石田佐吉。後に「石田三成」という名で、徳川家康と天下を争った人物である。

 三成は豊臣政権の五奉行の一人として、秀吉の晩年を支えた重臣であるが、少年時代は不遇だった。石田家の嫡男ではなかったために、家を継ぐ立場になく、近江国(滋賀県)と美濃国(岐阜県)にまたがる、伊吹山の麓の観音寺(滋賀県米原市)に奉公に出されていた。

 一方、当時の秀吉は、織田信長より北近江(滋賀県北部)の領地を与えられており、当時は「今浜」という名前だった地名を「長浜」に変え、長浜城(滋賀県長浜市)の主となっていた。この近江の地に、2人の出会いに関する逸話が残っている。

佐吉少年(後の石田三成)が三杯の茶で秀吉を
もてなした観音寺。(滋賀県米原市朝日)

 ある日、鷹狩に出かけた秀吉は、帰り道で観音寺に立ち寄る。ここで接客をしたのが佐吉だった。秀吉にお茶を求められた佐吉は、大き目の茶碗にぬるめのお茶を8分目程度入れ、秀吉に飲ませた。一気に飲み干した秀吉がさらにもう1杯頼むと、佐吉は1杯目よりも少し熱めのお茶を、同じ茶碗の半分程度に入れた。秀吉が更にもう1杯を望むと、佐吉は小ぶりの湯のみに熱いお茶を少しだけ入れ、秀吉に差し出した。

 このもてなしに、秀吉は非常に感銘を受けた。… 続きを読む

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藤永 悟志

藤永 悟志

株式会社ストーリア 代表取締役 経営コンサルタント

1966年3月生まれ。2006年7月、経営コンサルティング会社である株式会社ストーリアを設立。中小企業経営者が頭を悩ます「企業経営」「相続」「経営承継」という三位一体のコンサルティングを行う経営コンサルタント。特に次世代への経営承継・M&Aを中心に経営全般をサポートしており、全国の商工会議所など経営者団体を中心に歴史を題材とした経営に関する講演活動も行っている。

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