偉人に学ぶ、時代を生き抜く企業経営術(第5回)

いかなる時も軸がぶれず、敵に塩を送った上杉謙信

2014.02.06 Thu連載バックナンバー

 「敵に塩を送る」という言葉を聞かれたことがあるだろう。ライバル関係にある相手が苦境に陥っている時、それにつけ込んで叩くのではなく、救いの手を差し伸べるという意味で使われている。その故事の由来となったのは、上杉謙信が宿敵・武田信玄に対して送り届けた塩の逸話である。上杉謙信の人となりを中心に、上杉・武田の因縁を見ていこう。

 

戦場の外では「義」を貫く

 戦国時代において、「義」を心の拠り所にし、全国有数の大名たちから一目置かれた人物に上杉謙信がいる。謙信は非常に「義」に厚い武将で、大義名分がないと戦を仕掛けることはなかった。大名や豪族たちの駆け込み寺的な存在であり、助けを請われれば、いつでも出陣して戦う男気のある武将として知られている。他国を侵略することを「義」に反するとして嫌い、領地を侵された者たちを救う戦いに人生を費やしたと言っても過言ではない。

騎馬上から刀を振り向ける上杉謙信と受け止める武田信玄。
両将一騎打ち像。(長野市・八幡原史跡公園)

 典型的なのが、甲斐(山梨県)武田信玄との「川中島の戦い」である。信玄に領地を奪われた北信濃の豪族、村上義清の要請を受け、謙信は戦に介入する。12年において5度にわたり戦を交えた謙信と信玄が宿命のライバルとも言われていることは周知のとおりである。特に4度目の戦いが非常に激しいものとなり、信玄の実弟である信繁や山本勘助が討死した戦いとしても知られている。この戦いは引き分けに終わり、両者は5度も相まみえながらついに決着がつかなかった。

 ただ、上杉謙信、戦は全力で戦うものの、いざ戦場から離れると人情深い一面があり、その人となりを示すエピソードが残されている。… 続きを読む

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藤永 悟志

藤永 悟志

株式会社ストーリア 代表取締役 経営コンサルタント

1966年3月生まれ。2006年7月、経営コンサルティング会社である株式会社ストーリアを設立。中小企業経営者が頭を悩ます「企業経営」「相続」「経営承継」という三位一体のコンサルティングを行う経営コンサルタント。特に次世代への経営承継・M&Aを中心に経営全般をサポートしており、全国の商工会議所など経営者団体を中心に歴史を題材とした経営に関する講演活動も行っている。

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