偉人に学ぶ、時代を生き抜く企業経営術(第3回)

長州藩の礎を築いた毛利輝元のイノベーション

2014.01.24 Fri連載バックナンバー

 現代は変化の激しい時代である。変化の時代においては顧客の価値観はすぐに変わる。十年一昔、旧態依然、同じやり方でビジネスを行っていては、もはや生き残っていくことはできない。『事業はイノベーション(新機軸)の繰り返し』とはよく言ったものだ。一つの事業で生き残っていくことは至難の業と言っても過言ではない。現代の企業は、何かを大きく変えて、新しい価値を創造していく必要に迫られている。

 

関ヶ原の大減封をイノベーションで乗り切る

大幅に領地を削られながらも血死の財政再建を
果たした毛利輝元公像。この人の踏ん張りで
幕末維新に長州藩が盟主となった。
(山口県萩市・指月公園)

 慶長5年(1600年)9月15日に行われた天下分け目の関ヶ原の戦い。この戦いにおいて、西軍の総大将は中国地方120万石を支配していた毛利輝元だった。しかし、これは豊臣政権を継続させようとする石田三成によって祭り上げられたものであり、形式上のものだった。しかも輝元は、戦場である関ヶ原には赴かず大坂城にいた。

 結果は周知のとおり、徳川家康が率いる東軍の勝利に終わり、輝元は窮地に追い込まれた。亡き祖父・元就から家督相続した中国地方120万石の領地を家康に召し上げられ、周防と長門(現在の山口県)のみの36万石に大減封された。本来ならば、家康は120万石の全てを没収し、毛利家を潰してしまいたいところを、輝元の従弟にあたる吉川広家が戦前に裏で家康と内通していたこともあり、必死になって家康に嘆願し、何とか毛利の名を残すことはできた。

 しかし、輝元にとってはこれが血死の財政再建の始まりとなった。… 続きを読む

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藤永 悟志

藤永 悟志

株式会社ストーリア 代表取締役 経営コンサルタント

1966年3月生まれ。2006年7月、経営コンサルティング会社である株式会社ストーリアを設立。中小企業経営者が頭を悩ます「企業経営」「相続」「経営承継」という三位一体のコンサルティングを行う経営コンサルタント。特に次世代への経営承継・M&Aを中心に経営全般をサポートしており、全国の商工会議所など経営者団体を中心に歴史を題材とした経営に関する講演活動も行っている。

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