読んで学べる!大人のための歴史マンガ入門(第2回)

『センゴク』~歴史マンガの文体を変えた戦国合戦譚

2015.04.30 Thu連載バックナンバー

 本作の連載が開始される以前、「仙石秀久(せんごくひでひさ)」と聞いてすぐにその事績や人物像を思い浮かべられた人は、相当な戦国時代好きだけだったに違いない。

 それが、今では歴史ファン、またはマンガ好きとの会話で『センゴク』(講談社)の名称を出せば、「あー、あのマンガの主人公ね」とたいがいは通じるようになった。

 本作は、通巻で累計750万部を以上売り上げているヒット作である。歴史にあまり興味がない一般読者が読んでいるのはもちろん、普段はマンガを読まないような歴史ファンでも読んでいる人が多いのだろう。実際、著者も“歴女”と呼んで差し支えない友人の紹介で読み始め、はまってからは何十人もの歴史ファンに本作を勧めている。このマンガの愛読者である研究者、専門家も多いと聞く。

 こうして、「仙石秀久」の名前は広く歴史ファンとマンガ好きの知るところとなった。マイナーな歴史人物の知名度が、マンガのヒットによって劇的に高まったのである。一作品によってこれほど知名度の飛躍をみた例は、司馬遼太郎によって描かれた坂本龍馬(『竜馬がゆく』)や土方歳三(『燃えよ剣』)以来かもしれない。

 本作は主人公・仙石秀久が合戦・戦闘を経るごとに成長していくバトルマンガとして読むこともできる。画力の高さ、キャラクターデザインの巧みさ、連載マンガとしてのリズミカルな構成など、さまざまな点にヒットの理由を求めることができるだろう。ただし、本作が一武将の単なる伝記マンガであれば、歴史ファンにこれほど熱く受け入れられることはなかったはずだ。歴史ファンが、『センゴク』に魅了され続ける理由とは何なのだろうか。

 

史料からの引用がリアリティと説得力を生む

 2004年に連載が開始された『センゴク』は、これまで通巻で42冊発売され、現在も連載中の作品である。通巻42冊といっても、仙石秀久が織田信長に仕え始めてから小谷城の戦いまでを取り上げた『センゴク』(全15巻)、秀吉が大名に出世してから武田家滅亡までを描いた『センゴク 天正記』(全15巻)の2部を経て、現在は第3部『センゴク 一統記』が進行中だ。これらの本編とは別に、若かりし信長と桶狭間の戦いを主題にした『センゴク外伝 桶狭間戦記』(全5巻)がある。

 『センゴク』のタイトルが、「仙石」秀久と「戦国」時代の両方を意味することは説明するまでもないだろう。仙石秀久ははじめ美濃(岐阜県)の斎藤家の家臣だったが、信長の美濃攻略で敗れたのちにその家臣となり、豊臣秀吉の下で大名にまで登り詰め、秀吉死後は徳川家康に接近して小諸藩(長野県小諸市)初代藩主となった。つまり、三大天下人を間近で見てきた武将なのである。秀久が主人公に据えられたのは、彼の目を通して戦国時代と3人の天下人を描くという目的があったからだろう。

 本作の特徴として、戦国期から江戸時代に残された記録資料や古文書からの引用が多いことがあげられる。信長の家臣だった太田牛一が記した『信長公記』、仙石氏が江戸幕府に提出するために編さんした『改撰仙石家譜』、来日したイエズス会士のルイス・フロイスが著した『日本史』などである。ほかに、一次史料である同時代の書状や日記などもよく用いられる。史料から引用されているからといってそのすべてが史実として正しいということにはならないが、作品にリアリティを与え、大きな説得力となっていることは間違いない。

 たとえば、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が戦った姉川の戦いでは、『信長公記』から次の記述が引用される。

「二十八日の明け方信長公は(浅井朝倉軍が)陣払いをして立ち退いたと思った/二十八日の未明に三十町ほどをへだてて敵軍が進出してきた/東の野村の備えには信長公の御馬廻り(親衛隊)が向かい諸方より一斉に敵軍ともみ合いとなった」。

 この一節から、作者である宮下英樹は「なぜ信長は浅井朝倉軍が撤退したと思ったのか——!?」「なぜ信長は馬廻り(親衛隊)で戦ったのか——!?」と疑問を呈し、これまでの通説をくつがえす、姉川の戦いの大胆な仮説が提示されるのである。

 歴史とは常に現在からの解釈で更新され続けるものであり、史料を通じてそれが意味する真相を議論するという行為は、歴史ファンが最も好むところである。作者の大胆な解釈によって描かれる歴史マンガは多いが、その根拠となる史料がていねいに明示される作品は少ない。

 出典元や考証の過程が明らかにされることで、読者は史料を媒介にした作者と歴史との対話を追体験できるばかりでなく、提示された説が正しいのかどうかを検証する役割も担っているのである。

 

歴史を俯瞰する視点と人物描写の両輪

 姉川の戦いのような仮説・新説が多く採用されていることも、本作が歴史ファンに支持されている理由のひとつだ。「だが、この通説には疑問が残る——」というフレーズで、これまでの通説・俗説が鮮やかに否定されるさまは、推理小説で真犯人が暴かれるような気持ちよさがある。

 一例をあげると、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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