伝説の日本刀~知られざる名刀ヒストリー(第6回)

老将とともに時代を動かした謎多き名刀「獅子王」

2015.06.26 Fri連載バックナンバー

 古代の人々にとって、天皇から刀を授かるということは誉れ高いことだった。特に飛鳥や奈良時代には「軍の指揮を任される」ということを意味した。授かった刀は擬人化され、授けた時の天皇そのものとしてかけがえのない一振りとなったのである。上役から家臣に刀が下賜(かし)されるという文化はのちの世にも受け継がれた。

 今回登場する日本刀も、平安時代に天皇から授けられた一振りだ。その名は「獅子王(ししおう)」。源氏の武将・源頼政(よりまさ)に下賜された、獣の王の名を冠する名刀である。

 

鵺退治に抜擢された摂津源氏の将・頼政

 近衛(このえ)天皇の代、平安時代末期の出来事である。京の御所に夜な夜な鵺(ぬえ)が現れ、不気味な声で鳴くという。鵺とは、猿の頭、虎の手足、狸の体、蛇の尻尾を持つ妖怪だ。まだ幼い近衛帝は化け物の声に脅え、ついに体調を崩してしまった。もともと体の弱い帝にこれ以上心労をかけるわけにはいかないと、ひとりの男に白羽の矢が立つ。

 名刀・童子切安綱(どうじぎりやすつな)で酒呑童子(しゅてんどうじ)を討ち取った源頼光(よりみつ)の子孫・源頼政である。

 清和天皇を祖に持ち名家として名高い源氏一族だが、その中でもさまざまな系脈があり、頼政は身分の低い摂津源氏の出身だった。32歳で蔵人(くろうど)と呼ばれる官僚職に就いたものの、昇殿(しょうでん、平安京の中心的な建物「清涼殿」に許可なしで入ること)は許されず、歌人としての才能もあったが、華やかな宮中の様子を数段下から眺めているしかできなかった。しかし、帝への忠誠心は誰よりも厚く、のちに平氏と源氏が争った「平治の乱」の際、「自分は帝の味方だ」と、源氏一族を裏切ってしまうほどの人物だった。

 鵺退治を依頼された時、すでに40歳を超えていた頼政だが、幼い近衛帝のため、中国から伝来したといわれる名矢を取り出し出陣。万が一鵺を射外した時は、わざわざ身分の低い自分を抜擢した貴族を射殺そうとまで思い詰めていたようである。

 だが、そこはゴーストバスター・頼光の血を引く男。見事一撃で鵺を討ち取り、御所には平穏が戻った。そしてその褒美として、帝から名刀「獅子王」が下賜されたのだ。

 

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かみゆ歴史編集部

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歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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