伝説の日本刀~知られざる名刀ヒストリー(第1回)

鬼の副長・土方歳三と運命をともにした和泉守兼定

2015.04.07 Tue連載バックナンバー

 世界一の切れ味を誇るとされる日本刀。今でこそ博物館や美術館でしかお目にかかることはできないが、その歴史は神話時代にまで遡ることができ、日本人にとって“相棒”といえるほど身近な存在だった。武器として用いられたばかりでなく、時には権力の象徴として、時には神の宿る依り代として敬われてきた存在なのだ。

 本連載では毎回、名刀一振りを取り上げ、主との運命的な歩みや、どこか神秘的な伝説奇譚などを紹介していく。

 

幕末に生まれた和泉守兼定

 第1回目に登場する名刀は、武士の時代の終わりが刻一刻と近づいていた慶応3(1867)年2月某日に生を受けた。その名も「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」。代々高い技術を受け継いできた名工・兼定(かねさだ)一派の作だ。そして、この刀の最初で最後の主となった人物が、誰であろう新選組鬼の副長・土方歳三(ひじかたとしぞう)である。

 和泉守兼定は、会津藩主・松平容保より歳三に下賜された一振りだ。兼定一派、新選組、ともに会津藩お抱えの身であったため、その縁で歳三が兼定を持つことになったのである。この他にも歳三は複数の日本刀を所持していたが、現存しているのは慶応3年に打たれたこの一振りのみだ。

 和泉守兼定の刀身は、高低差の少ないゆったりとした刃文(はもん、刀の刃の部分に現れる色が薄く波打つ模様)が流れ、鉄の地に現れる文様も細かく美しい。鞘(さや)には朱色の地に牡丹と鳳凰が描かれている。柄は幕末に流行した黒い柄糸(つかいと)が巻かれ、実戦向きのシンプルな佇まいだが、黒と赤のコントラストが粋だ。

 刀というと刀身や鞘の部分が注目されるが、鐔(つば)の拵(こしらえ)も忘れてはいけない。兼定の鐔の意匠は七夕。7月7日にカジノキの葉におりた玉露で墨を摩(す)り、短冊に願い事を書き、笹に吊すと願いが叶うといわれていたため、兼定の鐔はこの伝承を元にしているといわれる。

 

夢を追い求め、叶えた直後の暗転

 歳三には幼い頃からの夢があった。「武士になること」である。江戸の郊外である日野の農家の生まれだった歳三は、武士に憧れ、剣術に明け暮れた。17、18歳の頃、武士の子が植えるという矢竹を生家の庭に植え、「将来武人となりて名を天下に揚(あ)げん」と言ったという。だが、いくら願ったとして、厳しい身分制度があった江戸時代、農民が武士になるということは夢のまた夢なのだ。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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