読むウイスキー~ウイスキーを味わうためのコラム(第4回)

ニッカウヰスキー発祥の地、余市蒸溜所を訪ねる

2015.05.27 Wed連載バックナンバー

 スコットランドでウイスキーづくりを学んだ、ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝は、東京から遠く離れた北海道余市に蒸溜所を建設した。日本海に向かい、背後にニセコ連山を望む大自然に抱かれた北の蒸溜所である。余市蒸溜所は冷涼な気候、澄んだ空気、さらに良質なピート(草炭・泥炭)に恵まれた、竹鶴にとってウイスキーづくりの理想郷であった。

 

ニッカウヰスキー発祥の地、余市蒸溜所とは

 NHK朝のテレビ小説『マッサン』によって広く知れ渡ることになった、「マッサン」こと竹鶴政孝。竹鶴は、壽屋(ことぶきや、後のサントリー)創業者である鳥井信次郎に請われて同社に入社し、大阪と京都の境に、日本初のウイスキー蒸溜所「山崎」を建設した。が、その際に竹鶴は建設場所として北海道の「余市」も候補地に挙げていた。

 余市には、寒冷地で適度に湿度のある気候風土で、良質な水があり、豊富なピート層がある。さらに大麦の産地であり、樽材になる木(オーク材)や蒸溜に必要な石炭もある。竹鶴は、壽屋を退社した後に、各方面に出資を募り独立、大日本果汁(後のニッカウヰスキー)を設立し、夢の実現に向けて迷うことなく余市に蒸溜所を建てた。

 北の大自然に抱かれ、冷涼で澄んだ空気に包まれた余市蒸溜所。この蒸溜所がつくりだすモルトウイスキーは重厚感のある男性的な味わいを持つ。

 余市蒸溜所の1号ポットスチル(単式蒸溜釜)が稼動したのは1934年。粉砕した北海道産の石炭を、蒸留技師たちは汗にまみれながら炉にくべた。ポットスチルに注連縄(しめなわ)が施されているのは、竹鶴の実家が日本酒の造り酒屋であったためだ。そこには酒に対する深い畏敬の念が感じられる。マスターブレンダー(ウイスキーをブレンドする最高責任者)でもある竹鶴は、貯蔵庫で眠るウイスキーの熟成を見守り続け、1940年に第1号ウイスキー「ニッカウヰスキー」を世に送り出したのである。

 

さまざまな施設から『マッサン』の風景を味わう

 蒸留所入り口の石造りのアーチをくぐると赤いキルン塔(乾燥棟)が迎えてくれる。そこからまっすぐ進んでいくと、やがて左手に現れるのが… 続きを読む

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吉田 恒道

吉田 恒道

フリージャーナリスト&エディター

大学卒業後、世界のモード界を取材するファッション誌編集部でキャリアをスタート。自動車専門誌副編集長、男性ライフスタイル誌の編集長を複数務めた後、独立。フリーランスのジャーナリスト&エディターとして活動。近著に『シングルモルトの愉しみ方』(学習研究社)があり、2015年3月に電子書籍としても発売される。

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