心を癒す古道・街道を歩く(第1回)

熊野古道~大自然と昔ながらの情緒を感じる参詣路

2014.10.24 Fri連載バックナンバー

 日本には、いまも昔の面影を色濃く残す古道や街道が残されています。道は人が歩くことによってでき、その道が町と町を結び、そして経済や文化などの交流が生まれました。時には忙しい日常を離れ、そんな古の道を歩き、古人の足跡を感じ、歴史を再発見する旅に出てみましょう。

 初回は、神聖な熊野三山へ向かう参詣路である熊野古道です。初心者でも安心して歩け、古道の雰囲気を満喫できるコースを紹介します。昔ながらの姿を残す古道を歩いて心を癒しましょう。

 

千年以上も前から人が集まる土地・熊野

 2004年7月に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録された熊野古道。世界遺産になったことで大きな注目を集め、多くの人々が訪れるようになりました。しかし、熊野に人々が集まるのは今に始まったことではありません。今より千年以上も前から人が集まる土地でした。

 そもそも熊野古道とはどんな道なのでしょうか? 本来は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の、いわゆる「熊野三山」へ通じる参詣路の総称で、京都と熊野を結ぶ信仰の道でした。熊野三山はすべて和歌山県にありますが、熊野古道は和歌山県をはじめ三重県、奈良県、大阪府にまたがっています。

 熊野は神話の時代から神々が鎮まる特別な場所と考えられてきました。そして仏教が盛んになると、この地は浄土(欲望や苦しみのない世界)に見立てられたのです。そのため平安から室町時代にかけて、貴族、武士達、天皇や皇族までもが、こぞって長く厳しい難路を越えて都から熊野三山を目指しました。当時の山は、奈良の高野山をはじめ女人禁制を敷くところが多くありましたが、熊野は規制がなかったため、多くの女性達もこの道を歩きました。

 熊野詣では戦国時代に一時途絶えますが、世の中が平和になるとそのブームに再び火が着き、江戸時代には“蟻の熊野詣”と称されるほど参詣路は人々で賑わいました。この頃の参詣路には、熊野権現(熊野三山に祀られる神)の摂末社(神社に属する小規模な神社)である数々の王子(童子の姿で現れた神を祀る場所)が鎮座し、さらに参詣客をもてなす茶店が古道のあちこちに点在していました。

 しかし、明治になると、… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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