歴史書店 三冊堂(第9回)

300年以上続く“富山の薬売り”のマーケティング手法

2014.10.21 Tue連載バックナンバー

 誰でも気軽に薬が買えるようになった現在でもなお、姿を変えながらその歴史が受け継がれる「越中富山の薬売り」。年輩の方のなかには、大きな荷物を背負って訪ねてきた薬売りの姿を覚えている方もいらっしゃるかもしれません。最近ではエボラ出血熱に感染したフランス人の女性が、富山の製薬会社が開発した薬を服用して回復したというニュースもあり、薬産業が脈々と続いていることが感じられます。

 富山の薬売りのはじまりは元禄3(1690)年のこと。富山藩主・前田正甫(まさとし)が江戸城に詰めていたある日、同じく江戸城に詰めていた三春藩(福島県田村郡)の藩主・秋田輝季(てるすえ)が猛烈な腹痛を訴えました。医師たちがうろたえるなかで、その場に居合わせた正甫は苦痛に顔をゆがめる輝季に所持していた薬を飲ませます。この時正甫が渡した薬は、「反魂丹」と呼ばれる岡山の医師から伝わった薬。富山藩ではこの薬が広く知られ、薬商たちはみな自分で製剤することができました。

 反魂丹を服用した輝季はたちまち回復。その劇的な効用に大名たちはみな驚きました。そして、この薬をぜひ自分の藩でも売ってほしいと正甫に詰めかけたのです。こうして、富山の薬売りの歴史が動き出しました。

 最初は依頼をしてきた大名たちへ配達するだけのわずかな仕事でしたが、薬商たちがこの好機を逃すはずはありません。彼らは回商する藩への道中やその周辺地域の人々にも、少しずつ自分たちの薬を広めていきました。そのなかで求められる薬の種類も増え、富山の薬商人は着実にその規模を拡大していったのです。

 とはいえ、個々の商人がどれだけ頑張ったところで広げられる規模には限りがあるもの。全国にその存在が知られることになった背景には、… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

連載記事

土方歳三、北へ――京都以降の新選組をたどる
かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter