歴史書店 三冊堂(第15回)

戦国時代の女性管理職?乱世を生きた女城主3人

2014.12.26 Fri連載バックナンバー

 男女機会均等が詠われるようになり、少しずつ女性管理職の数も増えてきました。しかし、世界的に見ればまだまだ日本の女性管理職の数は少ないといわれています。仕事とプライベーの両立に悩む女性も多いのではないでしょうか。

 実は現代よりもより女性に厳しい戦国時代にも、女性管理職は存在していました。今回は戦国時代のなかでも有名な3人の女性管理職こと、女城主たちを紹介します。

 まずひとり目の女性は、子育てと仕事を見事両立させた井伊直虎です。

 直虎には井伊直親という許嫁がいました。本来であれば婿養子である直親が家督を継ぐはずだったのですが、戦乱に巻き込まれて離ればなれに……。やっと帰ってきたかと思えば、直親は自分を助けてくれた恩人の子を正妻に娶っていました。と思えば、直後に冤罪をかけられ直親は死去します。

 直虎は当主も失い婚期まで逃し、失意の中で井伊家の家督を相続するに至ります。そして井伊谷城(静岡県浜松市)の女城主となり、直親の遺児・直政を養子として引き取りました。

 当主となった直虎ですが、周囲は敵だらけ。自身が女性であることを隠し“直虎”という勇ましい名を名乗りながら、敵国との政治的な交渉にもあたりました。しかし、相次いで当主を失った井伊家の衰退は激しく、家を支えるだけでも大仕事。それでも直虎は仕事も育児も諦めませんでした。井伊家の未来を背負う直政に英才教育をほどこします。

 直政の就職斡旋にも力を尽くし、当時力をつけていた徳川家康に仕官させたのです。直政も養母の期待に応えるために尽力。のちに徳川四天王のひとりに数えられるまでに成長しました。以降、井伊家は江戸幕府政権下でも名家として尊重され、幕末までその血筋を残しています。

 当主としても母としても成功した直虎は、直政の成長と井伊家の復興を見届け、享年48でその生涯を終えました。

 

 ふたり目の女性は7歳にして城主となった生粋のキャリアウーマン・立花ぎん千代です。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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