上永哲矢の「三国志、歴史を変えた決断」(第4回)

1本の矢で3万の軍を退かせた最強の男・呂布

2014.11.26 Wed連載バックナンバー

 何ごとも、上には上がいるものだ。『三国志』の世界にも「兵一万に匹敵する」と評された関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)を凌駕するほどの猛者が登場する。後漢最強の呼び声高い、呂布(りょふ)という武将である。

 

賊の大軍をわずかな兵で壊滅させた

 小説『三国志演義』における「虎牢関の戦い」では、呂布ひとりのために連合軍の将が次々と斬られ、誰も挑む者がいなくなる。そこで関羽・張飛・劉備(りゅうび)が3人で打ちかかるが、呂布はなおしばらくの間持ちこたえ、ようやく撤退にかかるのだ。

 桃園三兄弟が揃っても倒せない、読者に衝撃を与える呂布の見せ場「三英戦呂布」である。実はこの三英戦呂布は小説上のフィクションだが、では現実の呂布はどうだったかといえば、本当に強かったようだ。以下にも、正史『三国志』などに描かれる呂布の武勇を記してみたい。

 あるとき、呂布は袁紹(えんしょう)を頼って河北へ行った。そのとき袁紹は近隣を荒らしていた黒山賊(こくざんぞく)と戦っているところだった。賊は歩兵1万と騎兵数千(一説によれば100万)で暴れまわる大軍だったが、呂布はわずか数十騎の手勢を借り受けると愛馬・赤兎馬(せきとば)を駆って何度も突撃をかけ、賊を十数日で撃破してしまった。

 その戦いぶりを見た人々は「人中には呂布という猛者があり、馬中には赤兎という名馬がある」と称えた(正史三国志・呂布伝などより)。名駿・赤兎馬にまたがる呂布の雄姿はそれほどに戦場で目を引き、群を抜く存在だったのだろう。

 また、あるときは郭汜(かくし)という猛将と「一騎討ち」を行なっている。軍勢同士が対峙したとき、呂布は「軍勢を下げよ。一対一で勝負しよう」と申し入れ戦った結果、呂布は郭汜(かくし)に矛を突き刺してこれを退け、勝利している。

 小説は別として、古今の歴史書には軍を率いる者同士が「一騎討ち」で戦うなどという描写はほとんど見られないが、これは三国志と同時代に書かれた歴史書『英雄記』より引用されたもので、信じても良さそうな話だ。

 

戟を射て軍勢を退かせた呂布の「神わざ」… 続きを読む

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上永 哲矢

上永 哲矢

歴史コラムニスト、フリーライター

各種雑誌・ムックに歴史や旅の記事・コラムを連載。戦国時代や幕末など日本史を得意分野とするほか、三国志歴30年以上の愛好家としてイベント・講演の企画運営や、三国志関連本の制作にも関わっている。神奈川県横浜市出身。「オフィス哲舟」代表。公式サイト:http://kakutei.cside.com/job/

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