上永哲矢の「三国志、歴史を変えた決断」(第2回)

海を越え、時を超え語り継がれる、忠義の武神・関羽

2014.10.22 Wed連載バックナンバー

 みなさんは、横浜の中華街にある関帝廟(かんていびょう)をご存じだろうか? 「廟」とは死者を祀る場のことで、日本でいえば神社に該当する建物だが、神社とは比較にならないほど豪華だ。ここに祀られているのが『三国志』の重要な登場人物、関羽(かんう)である。

 おもしろいことに、関羽は中国人の間で「商売の神様」として信仰を集めている。「武将」の関羽がなぜ商売の神になったのか? その理由を、『三国志』に見られる関羽の活躍やエピソードを紹介しながら解説したい。

 

終生変わらなかった劉備・張飛との絆

 小説『三国志演義』において、名駿・赤兎馬(せきとば)を駆り、青龍偃月刀を振るう豪傑として大活躍する関羽。華雄(かゆう)・顔良(がんりょう)・文醜(ぶんしゅう)といった猛将を多数討ち取るなど、とりわけ戦場での活躍は際立っている。

 それほど有名な武将ながら、彼の生い立ちは謎に包まれている。若いころ、故郷の河東郡(現在の山西省)で何らかの罪を犯し、現在の北京の近くに位置する幽州(ゆうしゅう)へ逃れ、そこで劉備や張飛と知り合った。

 ほどなくして、関羽は張飛とともに劉備に仕え、終生忠節を尽くすことになる。3人が義兄弟となって生死を共にすると誓い合う「桃園の誓い」は、『三国志演義』の有名なオープニング・シーンだ。

 「関羽と張飛は片時も離れずに劉備を護衛し、同じ寝台で休んだ。劉備は2人に兄弟のような寵愛をかけた」と、正史『三国志』にも記されているほどだから、余程に3人の絆は強かったのだろう。

 

離ればなれになっても劉備への忠義を貫きとおす… 続きを読む

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上永 哲矢

上永 哲矢

歴史コラムニスト、フリーライター

各種雑誌・ムックに歴史や旅の記事・コラムを連載。戦国時代や幕末など日本史を得意分野とするほか、三国志歴30年以上の愛好家としてイベント・講演の企画運営や、三国志関連本の制作にも関わっている。神奈川県横浜市出身。「オフィス哲舟」代表。公式サイト:http://kakutei.cside.com/job/

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