元巨人軍・角盈男が語る、プロ野球名監督列伝(第6回)

コーチの立場から見た「監督・長嶋茂雄」

2014.10.14 Tue連載バックナンバー

“カンピューター”の裏には確かなデータあり

 巡り合いとは不思議なものだ。尊敬すべき“あの人”と再び同じ「YGユニフォーム」を身にまとうチャンスが舞い込んできた。

 1996年オフ、私に一軍投手コーチとしてオファーをかけてくれたのは、古巣の読売巨人軍。翌97年のシーズンから、現役時代にお世話になった長嶋茂雄監督とまた一緒に仕事をさせていただくことになった。

 しかし今度は選手と監督の間柄ではなく、同じ首脳陣という立場。おかげで長嶋野球をより間近で濃密に体感することができた。

 長嶋監督の采配について世間的によく評されるのが「カンピューター」という言葉だ。いわば奇策采配。だからこそ長嶋監督に対しては「行き当たりばったり」のイメージを抱いている人も多いかもしれないが、それは“ハッキリ違う”と申し上げておきたい。実を言えば長嶋監督はデータをしつこいぐらいに頭へ叩き込むタイプの人である。試合前には球場入りすると、まず資料室へ足を運んで1時間ほど籠もりっきりになり、スコアラーたちの説明を受けながら対戦相手のビデオを食い入るように見つめる。これが長嶋監督の日課であった。

 データに基づいた裏付けがあるからこそ「カンピューター」と称された大胆かつ思い切った采配に踏み切れたのだ。

 

データや定説に重きを置きながら大胆采配を敢行

 そういう長嶋野球の真骨頂を見せ付けられたのは、無死満塁で打者が3ボールノーストライクとなった場面。普通に考えれば、ここでベンチから打者に出されるサインは「2球は待て」だが、… 続きを読む

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角 盈男

角 盈男

元プロ野球選手、プロ野球指導者、野球解説者

 米子工業高校から三菱重工三原を経て、1976年、ドラフト第3位で長島監督率いる読売ジャイアンツに入団。その後、元祖ベースボールタレントとして活躍するかたわら、ヤクルトの投手コーチを経験し、球団を日本一にすることに貢献。また1997年、古巣・巨人の投手コーチに就任。ヤクルトの野村克也・巨人の長島茂雄両監督のコーチを経験した唯一の存在である。現在テレビでは野球評論家の傍らタレント活動としてバラエティ番組に数多く出演すると共に、講演活動、野球教室、著書の出筆など幅広く活動している。http://www.sumimitsuo.com/

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