元巨人軍・角盈男が語る、プロ野球名監督列伝(第2回)

藤田元司~人心掌握のお手本、まさに“理想の上司”

2014.09.12 Fri連載バックナンバー

怒られても「自分が悪い」と素直に反省できる的確な指導

 プロ4年目のシーズンとなる1981年。この年から長嶋茂雄さんに代わり、巨人の新監督としてチームを率いることになったのは藤田元司さんであった。

 そもそも藤田監督とは、不思議な縁がある。1977年11月に巨人へ入団した際、当時NHK解説者だった藤田さんと偶然顔を合わせて「キミは新人王を獲るからね。間違いない!」と太鼓判を押してもらったことがあった。その予言は現実となり、さまざまな経験を積みながらステップアップしてプロ4年目を迎えることができたのも、あの時の藤田さんの“選球眼”があったからこそ。

 パッと見では、とても穏やかそうなジェントルマン。でも実際に接してみると「瞬間湯沸かし器」の異名通り、とても厳格な人であった。

 だが、そうかと言って藤田監督の指導法は決して的外れではない。アドバイスは、とにかく的確で納得させられるものばかりであった。選手の誰もがそう思っていたので、たとえ凄まじいカミナリを落とされても決してふて腐れずに「監督に怒られる自分が悪い」と素直に反省することができたのである。

 

 “兄貴”中畑清を敢えて怒った理由

 藤田監督の優れた人心掌握術を映し出すエピソードとして、次のようなことがあった。

 当時チームで中心的役割を担い、誰もが認める兄貴分であった中畑清さん(現・横浜DeNAベイスターズ監督)をミーティングの場で「おいっ! 最近、たるんどるぞっ!」と激しく叱責。これはチームが調子を落としかけた時に何度か見られた光景なのだが、実は藤田監督が怒ったのは中畑さん個人に対してではない。あえてトップクラスの中畑さんを“公開処刑”にすることで、他の選手や若手たちを含めたチーム全体の引き締めを狙っていたのである。

 それが証拠にミーティングが終わると、藤田監督は… 続きを読む

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角 盈男

角 盈男

元プロ野球選手、プロ野球指導者、野球解説者

 米子工業高校から三菱重工三原を経て、1976年、ドラフト第3位で長島監督率いる読売ジャイアンツに入団。その後、元祖ベースボールタレントとして活躍するかたわら、ヤクルトの投手コーチを経験し、球団を日本一にすることに貢献。また1997年、古巣・巨人の投手コーチに就任。ヤクルトの野村克也・巨人の長島茂雄両監督のコーチを経験した唯一の存在である。現在テレビでは野球評論家の傍らタレント活動としてバラエティ番組に数多く出演すると共に、講演活動、野球教室、著書の出筆など幅広く活動している。http://www.sumimitsuo.com/

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