ラーメン評論家・大崎裕史の「ラーメン最前線」(第25回)

「ラーメンの神様」山岸一雄氏の味を引き継ぐ店

2015.04.16 Thu連載バックナンバー

 つけ麺の産みの親で知られる東池袋大勝軒の山岸一雄さんが4月1日に80歳で亡くなった。

 「ラーメンの神様」とも呼ばれた山岸さんには子供がいない。そこで、弟子を取り、自分の味を教えて受け継いで欲しかったという。最短3ヶ月で暖簾分けを認めたこともすごいが、暖簾代やロイヤリティを一切取らないというのも驚き。そんなこともあってか、今では100人以上のお弟子さんが全国各地で活躍している。

 そんなお店の中から6軒を紹介してみたい。

 

まずは本店として継承された店「東池袋大勝軒 本店」(東池袋)

 山岸さんは17歳からラーメン職人としての人生を歩み始める。その後、1961年27歳の時にようやく自分の店を持つことになった。それが東池袋の「大勝軒」だ。まだサンシャイン60も無く、寂しい場所だったが、すぐに行列ができる繁盛店になった。しかし再開発のため2007年に店を閉めることになった。

 本当はそこで本店は無くなるはずだったが、すぐ近くにいい物件が出て、そこが本店となり、2008年に復活オープン。社長を二代目の飯野敏彦さんに引き継ぎ、本店は継続された。百軒以上の「大勝軒」が存在する中、本店として味や思いは受け継がれ、より多くの人に愛される味になっている。

 

最初のお弟子さん二人のうちの一人「もりそば・らーめん サニー」(ひばりヶ丘)

 1990年創業。山岸さんが最初に取ったお弟子さん二人のうちの一人(もう一人は藤沢市の「豪快」)。おそらく「昔の大勝軒」の味と言えるかなりあっさりめのスープ。麺は中太の自家製で白っぽい。もりそばの麺は茹で前で330gある。「お腹いっぱいになって欲しい」という山岸さんの思いは場所が変わっても受け継がれている。

 店名は、オープン時に店主が「大勝軒」という名前を付けることがおこがましいと思ったことから、喫茶店時代のものをそのまま継続している。そのためラーメン店としては個性的な名前になっている。家族連れを含めて地元に愛される店となっている。

 

「大勝軒」の名前を最初の受け継いだ二代目の店「滝野川大勝軒」(池袋)… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

連載記事

鯛に貝に二郎系!塩ラーメンの新店4軒
大崎 裕史

大崎 裕史

株式会社ラーメンデータバンク取締役会長 日本ラーメン協会理事

毎年駒沢オリンピック公園で開催されている東京ラーメンショー実行委員長。自称「日本一ラーメンを食べた男」(2016年11月で約23,000杯)として雑誌やテレビに出演。ラーメン集合施設やカップ麵などの監修も多数の実績あり。著書として「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)、「無敵のラーメン論」(講談社現代新書)、他。

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter