世界遺産が世界遺産である理由(第2回)

人類の歴史に挑戦する“負”の世界遺産

2014.01.17 Fri連載バックナンバー

 人類の生み出したすばらしい文化遺産や大自然が創り出した偉大な自然遺産を守り伝えることを目的とする世界遺産条約。しかし、世界遺産リストにはその建物自体にさしたる価値を持たないきわめて特殊な文化遺産が存在する。

 たとえばセネガルの世界遺産「ゴレ島」には奴隷収容所や砲台が登録されているが、その収容所や砲台はすばらしくも偉大でもなければ、特殊な工法・装飾が用いられているわけでもない。

 「記憶の遺産」あるいは「負の遺産」は呼ばれるこれらの世界遺産。ユネスコはなぜこのような物件を世界遺産リストに登録したのだろう?

 今回は、ナチスの二つの収容所を登録したポーランドの世界遺産「アウシュヴィッツ-ビルケナウ:ナチスドイツの強制絶滅収容所 [1940-1945](以下、アウシュヴィッツ-ビルケナウ)」と、人類史上はじめて実戦使用された核兵器の爪跡である日本の世界遺産「原爆ドーム」を取り上げる。

 このふたつの負の遺産を切り口に、世界遺産に込められたユネスコの思いを伝えたい。

 

アンネの日記とアウシュヴィッツ

入った者は二度と出ることができなかったという第二収容所ビルケナウの
「死の門」。
ユダヤ人等を乗せた列車はこの門をくぐって収容所へ運ばれた。

 「あなたになら、これまでだれにも打ち明けられなかったことを、なにもかもお話しできそうです。どうかわたしのために、大きな心の支えと慰めになってくださいね」(アンネ・フランク著、深町眞理子訳『アンネの日記』文春文庫より)

 13歳の少女アンネが1942年6月12日にこう書き出した日記には、親子喧嘩の様子やペーターとの恋をはじめ、隠れ家での生活の様子が生き生きと綴られている。ところが日記は1944年8月1日で唐突に終わる。一家は密告によってナチスに発見され、アウシュヴィッツへ送られた。

 収容所に送られてきたユダヤ人やロマ人たちは荷物を奪われ、頭髪を剃られたあと、粗末なベッドが並ぶ収容棟に押し込まれ、強制労働に従事した。

 当初はあくまで労働者の収容所だったが、ガス室と焼却炉が設置されると人間を殺すだけの絶滅収容所と化す。「シャワーを浴びろ」。こう命令された囚人たちがガス室に入るとガス剤が投げ込まれ、数十分苦しんだのちに死亡したという。… 続きを読む

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長谷川 大

長谷川 大

世界遺産&旅行ライター

横浜国立大学卒業後、出版社勤務。三国志・戦国時代・幕末・ギリシア神話など、歴史ものを中心に編集・ライティングを行う。世界一周の旅を経てフリーの編集者・ライターとして活動中。これまでの訪問国数は68か国、世界遺産は182か所。All About「世界遺産」公式ガイド。http://allabout.co.jp/gm/gt/563/

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