「面白い」には理由がある!大ヒット漫画を分析(第8回)

何かを失った者同士の温もり~『3月のライオン』

2014.03.31 Mon連載バックナンバー

 ある日突然家族を失い、将棋にすがって生きるしかなかった孤独な少年が、周囲の人たちと関わるうちに少しずつ心を解き放ち、世界を取り戻していく。「3月のライオン」は「ハチミツとクローバー」で輝かしい青春群像劇を描いて大人気を博した羽海野チカ氏が青年誌に舞台を替えて臨んだ作品だが、その卓越した心理描写は健在だ。

 

零という名の少年

 冒頭からいきなり、主人公の桐山零という少年が何も持たないことが告げられる。

「アナタには家も無い 家族も無い 学校にも行って無い 友達も居無い アナタの居場所なんてこの世の何処にも無いじゃない?」

 実際には、何も持たないわけではない。中学生でプロ棋士になるほどの才能がある。同い年の連中と比べて、はるかに「持っている」。本当の父親のように面倒を見てくれた人がいる。同じプロ棋士で、零を「親友で終生のライバル」と言ってまといつく二海堂晴信がいる。気軽に声をかけてくれる先輩がいる。何より、川本家の美人三姉妹が温かく迎えてくれるという、実に青年マンガの主人公らしい恵まれた境遇もあるのだ。

 しかし零は、両親と幼い妹を同時に失ってから、人間関係の中での安息を感じることなく生きてきた。ただ一人温かさを感じさせてくれた、父の友人でプロの将棋棋士でもある幸田に引き取られたのだが、それは好きでもなかった将棋を「好き」と嘘をつくことによって成立した。零は良い子であろうと努め、幸田の期待に応えようと努力するのだが、それは実子である香子と歩(あゆむ)との間に軋轢を生じさせる結果となった。孤独になる零はますます将棋にのめり込み、やがて幸田をも凌駕する存在となる。零は自分が引き取られたために幸田家が「壊れた」と負い目を感じ、家を出た。

 冒頭で幸田香子が「アナタの居場所は無い」と言ったのはヤッカミでも何でもなく、彼の空虚さをストレートに突いたものだ。彼は将棋ですら「好き」ではないのだ。どこにも居場所が無く、将棋は逃げ場所でしかなかったのである。だから将棋で幸田に勝ったとて達成感も何もなく、愛する人間をこの手で叩きのめしてしまったという、ただ罪悪感だけが残るような、そんな状態であった。

 川本家の娘たちに温かく迎えられても、ただ受け身に流されていくだけだ。「こたつのように温かい」と感じながらも、零は自分がそこに居る理由を見つけられない。… 続きを読む

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酒式/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

酒式/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

脱サラして漫画家を志し、週刊少年サンデーで漫画デビュー。その後さまざまに名前を変えて作品を出しながら、漫画の世界にしがみつく。日本酒党。

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