城メグリスト・萩原さちこの「名城に学ぶ」(第13回)

鶴ヶ城/赤瓦が美しい東北一の名城

2014.06.16 Mon連載バックナンバー

 こんにちは。城メグリストこと城郭ライターの萩原さちこです。前回の名古屋城の記事はいかがでしたか?人気の城や話題の城にスポットを当て、魅せられる理由や感じたことを、時にビジネス視点も交えながらお伝えします。第13回は、鶴ヶ城(福島県会津若松市)です。

 

籠城戦も経験した、波乱万丈の城

 2013年の大河ドラマ『八重の桜』に登場し、大きな話題となった鶴ヶ城。地元では一般的に鶴ヶ城の名で親しまれ、全国的には会津若松城の名でも知られます。『八重の桜』では、主人公の山本八重もスペンサー銃を片手に入城し、すさまじい銃撃戦が繰り広げられました。

 壮絶な籠城戦の末に開城、という経験を幕末にした鶴ヶ城のあゆみは、戦国時代から波乱万丈でした。伊達政宗蒲生氏郷上杉景勝加藤嘉明保科正之と錚々たるメンバーが城主を務め、数々の歴史的転換点に遭遇してきたドラマチックな城です。

 

新時代を示す、秀吉の分身

 壮大な石垣で囲まれ、広い水堀があり、天守がそびえる――。いかにも普通の城のように思えますが、そもそもその“普通の城”が東北にあるのが珍しいことです。

 鶴ケ城は築城時から特別な存在でした。築いたのは、豊臣秀吉による奥州仕置でやってきた蒲生氏郷。前身の黒川城は、伊達政宗が南奥州の最大勢力だった葦名氏から命懸けで奪った、東北支配の要でした。秀吉は奥羽と江戸の中間点にあたる会津を重要視。ようやく臣従した政宗から黒川城を取り上げると、信頼できる実力派の氏郷に任せたのでした。

 氏郷は、前身の黒川城を大改造して城下町を整備すると、黒川という地名を若松と改めます。わずか3年ほどで現在の会津のベースをつくり、商工業や文化の発展に貢献。現在残る町割も、氏郷によってつくられたものです。

 鶴ヶ城は、秀吉の分身でもありました。北には、まだ油断できない伊達政宗や出羽の実力者である最上義光、東には、… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

連載記事

備中松山城/雲海に浮かぶ、日本で唯一の現存天守
萩原 さちこ (城メグリスト)

萩原 さちこ (城メグリスト)

城郭ライター、編集者

執筆業を中心に、メディア出演、講演、講座もこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』『「現存」12天守めぐりの旅』(学研パブリッシング)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)など。『月刊歴史読本』(KADOKAWA)で「萩原さちこのこだわり城郭探訪」連載中。文化財石垣保存技術協議会会員、日本城郭検定公式サポーター。公式サイトはhttp://46meg.jp

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter