ワインを楽しみ、人生を楽しむ(第3回)

日本で最初にワインを飲んだ歴史上の人物

2013.08.19 Mon連載バックナンバー

 皆様こんにちは。株式会社ミントスのビジネスマナーインストラクター大石信子でございます。前回の「国際線ファーストクラスのワイン」はお読みいただけましたでしょうか。今回は視点を少し変えて「日本で最初にワインを飲んだ歴史上の人物」についてお話していきたいと思います。

 

16世紀の日本

  日本にヨーロッパのワインが入ってきたのはいつごろでしょうか。古くは15世紀に、関白近衛家で「チンタ」を飲んだという記録があります。この「チンタ」が赤ワインだと言われています。又、来日した宣教師フランシスコザビエルが持ち込み、諸国の戦国大名や豪商などが珍重したとも伝えられています。

 その中でも特に有名なのが織田信長です。織田信長については様々な書物が出ており、皆さまの中にも信長ファンがかなりいらっしゃるのではないでしょうか。織田信長に仕えた武士である太田牛一の『信長公記』には、信長の49年の生涯が詳細に記されていますが、今なお人を惹きつけてやまない織田信長の魅力があふれています。また、当時の日本を今に伝える書物として、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの『日本史』が知られています。こちらは外国人の宣教師によるキリスト教の布教史として書かれたものですが、織田信長、豊臣秀吉ら諸侯、武将の話から庶民生活に至るまで事細かに書かれており、日本史の重要な資料として評価されています。広く知られている織田信長の人物像はこちらから来ているものが多いようです。
 織田信長というと真っ先に思い浮かぶのが端正な顔立ち、南蛮のビロードのマントに南蛮帽子、そして旺盛な好奇心。アレッサンドロ・ヴァリャニーノが使用人として連れていた黒人を見て色を塗っているのではないかと思って洗わせたという逸話は有名です。信長はこの黒人をおおいに気に入り弥助と名付け側近にしたという話です。弥助は本能寺の変の際、最期まで明智軍を相手に奮戦したと伝えられています。
 そんな好奇心いっぱいであたらしいモノ好きの信長が、日本で最初にワインを飲んだ人物ではないか、という説には大きな魅力があります。

 血のように赤い酒に、信長のみならず、当時の日本人はみなきっと驚いたことでしょう。その味わいはどのようなものだったのでしょう。

 

珍陀酒・赤ワインはどのようなワインだったのでしょうか

珍陀酒・赤ワインはどのようなワインだったのでしょうか 「チンタ」「珍陀酒(ちんたしゅ)」と呼ばれていた当時の赤ワインですが、その名称は、ポルトガルで「赤」を表す「tinto」から来ていると言われています。

 それがポルトガルから持ち込まれた赤ワインだったとして、16世紀当時はポルトガルから日本に来るには、長い道のりでした。
 スエズ運河が開通したのが1869年11月ですから織田信長が生きていた時代より300年も後の事です。スエズ運河が開通するまでは、ヨーロッパとアジアを行き来するのにアフリカ大陸南端のアガラス岬(よく喜望峰だと言われますが、地図上の最南端はアガラス岬です)をぐるっと回らなければなりませんでした。ましてや帆船ですから長い時間がかかったはずです。… 続きを読む

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大石 信子

大石 信子

株式会社ミントス 取締役副社長

日本航空株式会社 客室乗員部 国際線客室乗務員・ビジネススクールスチュワーデス課講師・JALコーディネーションサービス(現JALアカデミー)接遇マナーインストラクター・大手金融機関CS指導員を経て2007年に株式会社ミントスを設立、取締役副社長に就任。2008年より城西国際大学観光学部ビジネスマナー講師として教鞭をとる。
接遇マナーインストラクターとして20余年、主に金融機関、介護福祉施設を中心に年間100回近くの研修、講演の依頼がある。
株式会社ミントス http://mintos.jp

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