偉人・名将に学ぶ経営術(第7回)

徳川吉宗<前編>~実利主義でのぞんだ幕政改革~

2013.03.16 Sat連載バックナンバー

 幕府財政の破綻という危機を、享保の改革でしのいだ徳川吉宗。成功の秘訣は徹底した実利主義の上に行なった画期的な幕政改革にあった。前半は、吉宗が行なった「増収政策」と「庶民への治安・福祉政策」についてお話ししましょう。

 

重商主義に乗り遅れた江戸幕府

江戸城
<江戸城>

 太平の世とうたわれた江戸時代は、1603~1869年まで266年間続きました。しかし、1600年代の後半になると、幕藩体制の頂点に立つ江戸幕府でさえ諸藩同様に財政危機に陥っていたのです。
 江戸幕府を開いた徳川家康は、バランス感覚に優れた秀逸な政治家でした。家康は幕府を支える税の柱を重農主義(年貢・米)としながらも、幕府政権の長久のために重商主義も重視し、朱印船貿易と鉱山の経営を柱に据えました。しかし、貿易は家康の死後、鎖国により先細りになり、鉱山も掘り尽くされて、産出量が減少の一途をたどります。
 5代将軍徳川綱吉が行なった寺社再建の費用が増大し、それにともない貨幣を改悪した影響で幕府の財政が傾いたと歴史の授業で習った方も多いと思います。実は綱吉の元禄時代は、戦国時代以降の高度経済成長がピークを迎え、貨幣経済・商品経済の興隆によって繁栄した時代でした。
 江戸時代には、士農工商という厳しい身分制度が存在しました。商人は最下層の身分とされ、「商は詐なり」と商業を蔑む意識が武士の間に浸透していました。しかし、元禄時代は、はからずも武士が嫌悪した重商主義が開花した時代のはじまりであったのです。重商主義への転換を怠った幕府財政は元禄時代を境に赤字に転落して行くのです。

 

新田開発と定免法で財政破綻をしのぐ

吉宗像
<吉宗像>

 元禄時代以降、幕府の財政はずるずると赤字を抱え込んで行きます。そして、享保年間(1716~1735年)に入ると底をつきはじめ、危機的な状況に陥ります。
 そんななか、この経済危機の抜本的な改革に取り組んだのが、8代将軍徳川吉宗です。吉宗は紀州藩主として、紀州藩の財政再建に相当の成果を上げた実績をもって、享保元(1716)年、将軍の座に着きます。吉宗が行なった幕政改革はその元号から「享保の改革」と呼ばれています。
 吉宗は、まずは自身が率先励行して、1日2食や木綿の衣服、… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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