偉人・名将に学ぶ経営術(第6回)

上杉鷹山<後編>~精神の改革を柱にした財政再建~

2013.03.09 Sat連載バックナンバー

 財政破綻寸前の米沢藩で、次々と改革を実践し藩財政を再建した上杉鷹山。その偉大さは有言実行のスペシャリストとして、自らを厳しく律するとともに民への思いやりにあった。第2回は、鷹山が行なった「精神の改革」をベースに「産業開発と財政再建」についてお話ししましょう。

 

増税を行なわず、一丸となって改革を進める

増税を行なわず、一丸となって改革を進める 上杉鷹山といえども最初から米沢藩の改革を軌道に乗せたわけではありませんでした。鷹山が改革に乗り出した時、最初に打ち出したのは、幕府や諸藩同様の「大倹令」でした。家臣達の俸給を削り、家中にはびこる放漫経営の弊害を取り除き、倹約の精神を行き渡らせようとしたのです。さすがの鷹山も、まずは定石通りの手法で改革に臨んだわけです。
 しかし、案の定、その効果は芳しくなく、遅々として改革は進みませんでした。そこで、鷹山は発想を転換させます。このあたりが鷹山の凄いところで、家臣も領民も大切にするという民福主義を打ち出し「民の父母」になることを誓い、改革の柱としました。
 そして、有言実行のスペシャリストとして「してみせて 言って聞かせて させてみる」をモットーに行動を起こすのです。それは、まず自分で範を示し、次に改革の目的を明確にし、家臣や領民に改革が実現すればどれだけ自分達にとってメリットがあるのかを説明し、そうして各々に役割を与えて改革の一端を担わせたのです。
 企業でいえば、ただ給料やボーナスをカットして、諸手当や備品などを削るだけでなく、成功した暁にはこんな素晴らしい未来が待っているのだということを話し合いでしっかりと理解させたうえで、社長も役員も社員も一丸となった立て直しを行なったわけです。この結果、藩士から領民にいたるまで改革に対しての機運が盛り上がり、鷹山の改革は大きく前進して行きました。
 幕府にせよ、諸藩にせよ、当時の改革には領民(農民)への負担、すなわち大増税がつきものです。それも一方的な押し付けによるものがほとんどで、農民が反対すれば首謀者を処刑して黙らせていたのです。しかし、鷹山は増税を行なうことなく、家臣や領民達に対し彼らのやる気を喚起し、改革の同志としてともに突き進んで行なったのです。

 

米に替わる商品作物を生産し財源の柱に

米に替わる商品作物を生産し財源の柱に

 鷹山の財政再建は、産業の開発とセットで進められていきました。米沢市のある山形県置賜地方は今でこそ有数の米どころとして知られます。しかし、それは明治に入ってからの米の品種改良によって実現したことで、鷹山の頃は、寒冷地というハンデにあわせて荒れた土地が多く、とても財政の柱となる年貢米を増産するどころではなかったのです。… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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