名車伝説!「走りを忘れられない大人たちへ」(第6回)

零戦の魂を受け継ぐ国民車 スバル360

2013.10.15 Tue連載バックナンバー

 「丸っこいテントウ虫のような古い車」を街中で見かけたこと、ありませんか? 一見、フィアットなど欧州のクラシックカーにも見えるその車は、もしかしたらスバル360かもしれません。可愛らしいルックスにもかかわらず、実は日本が誇る零式戦闘機の魂を受け継ぐ存在としても知られていて、発売から半世紀以上を経た今も、根強く支持されている名車です。

 

敗戦国の意地! 零戦から自動車

 1945年のポツダム宣言受諾で、日本は敗戦国となりました。東京や大阪は空襲で焼け野原になり、技術力を誇った財閥がGHQによって解体されたことで経済は弱体化。その後10年を経ても、まともな自動車すら作れませんでした。
 そんな中、富士重工が開発したのが、スバル360。ぜいたく品だった自動車を生活に役立つ必需品とするため、徹底的にコストを削りながら、加速力や登坂力、最高速度などを高めた究極のコストパフォーマンスカーとして、この車を世に送り出したのです。
 富士重工の前身である中島飛行機は、退役した海軍将校、中島知久平が設立した会社で、戦時中は名機といわれた戦闘機「隼」や「零式戦闘機」のエンジンを製造していたことでも知られています。高い技術を軍需産業分野で発揮した会社だけに、敗戦後はGHQによって12社に分割され、ほとんど息の根をたたれた感がありましたが、その志と技術力は富士重工によって受け継がれました。
 車体を軽量化しながら、強度を保つために採用された卵形のモノコックボディ。パワーと低燃費、さらに壊れない頑丈さを実現した強制空冷2サイクルエンジン。スバル360は、戦闘機メーカーの技術があったからこそ作れた名車だったのです。

 

初めてのマイカー

 まだ自動車といえば商用車が大半で、自家用車など夢の存在だった1950年代、当時の通産省は国民の多くが車を所有して豊かな人生を送るべし、という考えのもと「国民車構想」をぶち上げます。とはいえ、庶民の月収が数千円の時代に、自家用車など高嶺の花です。さらに国産車は壊れやすく、多人数が乗り込むと坂道を上るにも苦労するなど、性能面でも実用性に欠けていました。… 続きを読む

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谷垣 吉彦/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

谷垣 吉彦/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

フリーランスライター

アダルト層向け商品の販促プランニングや、経営・医療系書籍の企画・立案・執筆など、幅広い分野でライターとして活動する。大阪ミレニアムミステリー賞を受賞するなど、エンターテイメント分野での実績も評価されている。

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