名車伝説!「走りを忘れられない大人たちへ」(第2回)

「音速の貴公子」が愛したバブルの象徴 ホンダNSX

2013.09.14 Sat連載バックナンバー

 高価な買い物だけに、車は社会のニーズを反映して作られます。バブル経済絶頂の1990年に生まれたスポーツカー、NSXは、イケイケの時代に乗っかって、「ホンダ」が作った究極のジャパニーズ・スポーツでした。こんな名車は、もう二度と作られることがないのかもしれません。

 

東京23区でアメリカ全土が買える!

東京23区でアメリカ全土が買える! 「Our Dreams Come True」というキャッチコピーでもわかるとおり、ホンダNSXは当時の日本人にとってまさに夢の車でした。ときは1989年。高度成長期から右肩上がりで発展してきた日本経済が、いよいよピークを迎え「東京23区の土地でアメリカ全土の土地が買える」というほどの盛り上がりを見せた時代に、この車は生まれました。
 経済規模の拡大は、自信につながります。個人でも国家でも、これは同じ。見せかけの数値でも、米国以上の土地資産を持った日本は、「世界のトップに立った!」という確信を得て、大いにはしゃぎました。
 もともと得意だったもの作りについても、家電製品やオーディオ、それに自動車が、海外で日本ブランドとして高い評価を定着させたのもこの時代です。ただ、日本車はコストパフォーマンスや安定した品質では好印象をつちかっていたものの、メーカーの顔といえる「高級スポーツカー」の分野では、まだまだ欧米の車にかなわない、というのが世界の常識でもありました。フェラーリやランボルギーニ、ポルシェなどなど、「かっこよくて速い車」は、海外メーカーの独壇場だったのです。
 ホンダNSXはそんな「悔しい常識」をひっくり返すべく、満を持して市場に投入された初の国産スーパーカーでした。V6 DOHC VTEC NA 3.0Lエンジンは、海外のスーパーカーと互角に張り合える駆動性能を実現。さらに、車体には当時の市販車としては画期的な「オールアルミモノコック・ボディー」を採用したため、職人が一台一台手作業で作ることとなりました。
 ホンダが「世界に通用する顔」として素材や生産技術にこだわった結果、価格も800万円と当時の日本車では最高値でした。大量生産できないことから、さらにプレミア価格がついて、市場では中古車が新車の2倍以上の価格で売られるケースもあったといわれています。

 

セナが愛したジャパニーズ・スポーツ

セナが愛したジャパニーズ・スポーツ 走りで海外のスーパーカーと肩を並べたNSXですが、日本車だけに「故障しない」という品質の安定度合いでは、海外メーカーの追随を許しませんでした。そのため、セレブ層からも高い人気を集め、トム・クルーズやビル・ゲイツが購入したのは有名な話です。
 さらにNSXで忘れられない著名人といえば、伝説となったF-1ドライバーの故アイルトン・セナ。… 続きを読む

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谷垣 吉彦/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

谷垣 吉彦/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

フリーランスライター

アダルト層向け商品の販促プランニングや、経営・医療系書籍の企画・立案・執筆など、幅広い分野でライターとして活動する。大阪ミレニアムミステリー賞を受賞するなど、エンターテイメント分野での実績も評価されている。

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