戦国武将 散り際の美学(第6回)

柴田勝家とお市~秀吉の脅威の前に散った悲劇の夫婦

2014.05.23 Fri連載バックナンバー

生没年

柴田勝家
生:大永2年(1522年)
没: 天正11年4月24日(1583年6月14日)

お市
生: 天文16年(1547年)?
没: 天正11年4月24日(1583年6月14日)

 

天守閣の最上階で華々しく散る

 落城間近の越前(福井県)北ノ庄城。追ってくる豊臣秀吉の軍勢に向かって、柴田勝家は叫んだ。

 「我が死にざまを目に焼き付け、後の手本とするがよい」

 わずかな家臣とともに天守閣の最上階へと上り、藁や火薬に火を放つ。つき従ったメンバーの中には、勝家の妻・お市の姿もあった。勝家はお市を引き寄せると、持っていた刀で突き刺す。続いてつき従った家臣たちの介錯を終え、最後に自分の腹を十文字に掻き切った。炎と煙が立ち込める中で、勝家の体はお市の横に倒れた──。

 これが織田家の忠臣として知られる戦国武将・柴田勝家と、その妻であり戦国一の美女として知られるお市の最期である。

 

前代未聞だったお市の殉死

 2人が散る前夜、城は秀吉軍に完全に包囲された。信長の継承権を巡って賤ヶ岳(滋賀県長浜市)で秀吉と対決したが、もはや勝家軍に勝機はない。勝家は「戦場で死ねるのなら悔いなし」と覚悟を決めた。そしてお市に城を出るように勧めるが、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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