戦国武将 散り際の美学(第41回)

山内一豊と千代~夫婦二人三脚で叶えた一国一城の夢

2015.02.08 Sun連載バックナンバー

生没年

山内一豊:
生: 天文14年(1545年)※諸説あり
没: 慶長10年9月20日(1605年11月1日) 享年61?

千代:
生: 弘治3年(1557年)※諸説あり
没: 元和3年12月4日(1617年12月31日) 享年61?

 

妻の貯金で名馬を購入

 大河ドラマ「功名が辻」の題材となった山内一豊と千代は、おしどり夫婦で有名である。ともに戦乱の中で父を失い、孤児として流浪の生活を送ってきたという似た境遇であることも、その絆を深めた所以であろう。

 しかし結婚当初、2人の生活は貧しく、まな板もないほどで、千代は料理の際、米を量る枡を裏返して使っていたほどだったという。一豊は一刻も早くこの貧困生活から脱するために、出世の糸口を探っていた。

 織田信長に仕えるようになった一豊はある日、安土城下(滋賀県近江八幡市)で名馬が売られているのを見る。しかし、黄金10両といわれたその名馬を買えるほどの金はもちろんない。「この身が貧しくなければ、あの馬に乗って信長公の御前に参じるものを」。独りごちる一豊に、千代は「ならば」と鏡箱から黄金を取り出すと、この金で馬を買って今度の馬揃えで披露するようにすすめた。その金は千代が嫁入りの時に父からもらった持参金だった。

 馬揃え当日、東国一の名馬に乗った一豊を見た信長は「あっぱれ。貧しい中でこの名馬を買うとは見上げたものだ」と褒めたたえ、一豊を登用するようになったという。千代の内助の功により一豊は出世への道を歩み始めるのである。

 

夫婦二人三脚で掴み取った夢

 慶長5(1600)年、天下分け目の関ヶ原の戦い前夜。上杉攻めのために徳川家康率いる東軍が下野の小山(栃木県小山市)に着陣した時。東軍大将の家康に、掛川城主(静岡県掛川市)に出世した一豊が、まだ封の切られてない密書を差し出した。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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