戦国武将 散り際の美学(第39回)

前田慶次~天下の傾奇者、悠々自適なる晩年

2015.01.25 Sun連載バックナンバー

生没年

生:天文2年(1533年) ※諸説あり
没:慶長17年(1612年) ※諸説あり 享年80?

 

傾奇者・前田慶次の正体

 「天下御免の傾奇者」と呼ばれた前田慶次(利益・とします)。奇抜なファッションに身を包み、常軌を逸した行動を好む。さらに朱柄(しゅえ)の大槍を使い、バッサバッサと敵をなぎ倒した。そんな豪傑のイメージで知られている。しかし、そのほとんどは後世の軍記物や伝記集などで大幅に創作されたものだ。

 では慶次の実像はどうだろう。実は、そのほとんどが謎に満ちている。出生も滝川一益の子、または一益の甥の益氏の子かなどと諸説あり、肖像画すら残されていない。

 史実と確認できるのは、天正13(1585)年の前田利家の命令書や、上杉家臣団の台帳である「会津御在城分限帳」の中に「前田慶次」の名が記されていること、慶次が記した伏見から米沢に至るまでの約1ヶ月の旅の記録を残した「前田慶次道中日記」など、ごくわずかなものしかないのだ。

 しかし、その「前田慶次道中日記」には、その土地の風俗や、慶次の感想が事細かに書き残されている。ほか、慶次の詠んだ約40首の和歌や漢詩が記されており、そこから慶次の人となりと、趣味人としての嗜み深さを思わせる。また、京都で文人と交流しながら『伊勢物語』や『源氏物語』などを講義したという話もある。慶次は武人でありながら文化にも精通し、各地に数多くの知己があったのだ。

 

義理の叔父・利家に一泡吹かす

 その生涯が多くの謎に包まれた前田慶次。しかしその奇想天外なエピソード、痛快な生き様は、今も人々の心を引きつけてやまない。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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