戦国武将 散り際の美学(第26回)

佐々成政~猛将を死に追いやった“黒百合”の祟り

2014.10.26 Sun連載バックナンバー

生没年

生:天文5年1月15日(1536年2月6日) ※諸説あり
没:天正16年5月14日(1588年7月7日) 享年53?

 

秀吉が気に食わない!

 信長の若き頃からの家臣、佐々成政。特に鉄砲の扱いに長けており、鉄砲隊の指揮官として数々の武功を挙げる、織田家臣団のエリートだった。ゆえに、成り上がりものの豊臣秀吉のことが気にくわない。

 その秀吉が信長の死後に後継者として振る舞いはじめると、当然成政は反発し、賤ヶ岳の戦いでは柴田勝家軍に、小牧・長久手の戦いでも徳川家康軍についた。しかし柴田は自害、家康も秀吉と和解し、なかなか思うように事が運ばない。成政はストレスを溜めるばかりだった。

 このままでは織田家は秀吉の手により滅亡されてしまう。そう思った成政は再び家康に支援を得ようと、自領の越中(富山県)から、家康の居城である浜松へ向かう。しかし、東に越後(新潟県)の上杉家、西に加賀(石川県)の前田家と敵に囲まれていることから、成政は極寒の北アルプスを越える険しいルートを進むこととなった。

 美しい愛妾の早百合とお腹の中の子どもに出立を告げ、険路に挑んだ。「さらさら越え」と呼ばれるこの出来事は、やがて悲劇の発端となる。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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