海外発!見方が変わる仕事との向き合い方(第31回)

ネルソン・マンデラを偉大にした3つの決断

2014.11.21 Fri連載バックナンバー

 2013年末、元南アフリカ大統領のネルソン・マンデラ氏が死去したとのニュースが世界中に伝えられた際、その偉大なるリーダーを失ったことに多くの人が心を痛めました。

 ノーベル平和賞を受賞するなど、マンデラ氏が国や人種の壁を越えて平和の為に尽力したことは有名ですが、何が彼をそこまで偉大なリーダーへとしたのでしょうか。マンデラ氏が直面し闘ってきた課題と、ビジネス社会における課題とでは、その質や難易度も全く異なりますが、それでもマンデラ氏の軌跡からビジネス社会に活かせる教訓は多くあります。世界中の人々が認めるリーダー、マンデラ氏が局面において下した3つの決断を見てみましょう。

 

1985年:自由の身にするとの恩赦提案を拒否

 1985年、アパルトヘイト支持派であった当時のボタ大統領は、国民への演説において、反アパルトヘイト活動により終身刑で投獄されていたマンデラ氏に対し、武力闘争や他の違法行為をやめるのであれば自由を与えると呼びかけます。マンデラ氏の投獄に対する責任を彼自身に転嫁しようとし、法に従うなら自由の身になれると持ちかけたのです。

 しかし、マンデラ氏はこの見えすいた策略にのりませんでした。彼は長年にわたり、過酷な労働と独房での幽閉を経験しており、自由を強く欲していました。ただ、提案をうけいれることは、彼自身の信条や指導力、アフリカ民族会議(ANC)における長きにわたる闘争に対する裏切り行為とも感じたのです。そして以下のように答えたのです。

「組織の仲間が依然として非合法とみなされているなか、どんな自由が私にもたらされるというのでしょう? 都市部で暮らすには許可が必要な状態で、どんな自由が得られるというのでしょう? 交渉は自由な立場のもの同士だけが行えるのです。囚人は契約を結ぶことが出来ません」

 こうしてマンデラ氏はボタ大統領の提案を拒否し、暗い独房に留まることを選択、引き続き終身刑に服する覚悟を決めたのです。この戦略的な決断は非常に影響力が大きく、マンデラ氏の立場を高めるとともに、その多大な自己犠牲は注目を集めました。

 マンデラ氏は自身の個人的な欲求よりも、自身の仲間や社会における影響を重視した決断を下したと言えます。もし個人的な欲求を優先して釈放されることを選んでいたら、ここまで偉大なリーダーであるとは認められなかったでしょう。

 

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