変わった?変わらない?ミャンマーの今(第1回)

親日国家・ミャンマーで始まった国づくり

2014.08.05 Tue連載バックナンバー

 ミャンマー最大の都市ヤンゴンは、第二次英緬戦争(1852年)で英国の手に落ちて以降、英国によるアジア進出の拠点のひとつとしてだけでなく、英国人自らが住むことを前提とした都市開発が行なわれた。このため、ダウンタウンは碁盤の目のように整然と作られ、地下には上下水道が完備され、環状線を中心とした鉄道網や港も整備された。

 しかし、英国植民地からの独立後、軍政下での社会主義政策の失敗に加え、欧米諸国による軍政に対する経済制裁の結果、ヤンゴンの発展は止まり、地下に張り巡らされた下水道網も、新たに建てられたビルの基礎工事で分断され、下水はよどんだ。

 

あふれる日本製の中古車

 かつてヤンゴン中央駅を起点に全国に張り巡らされた鉄道網も、整備が行き届かないために1日1本も走らなくなった。ヤンゴン市内をめぐる環状線も、線路はゆがみ、軍政当時、ヤンゴンの友人に聞くと、「1周何時間かかるかわからない。何年も乗ったことがないから」と答えたものだ。

 鉄道が劣化したことからヤンゴン市民の足は主にバスが担うようになった。もっとも、そのバスも経済制裁下では、買い換えもままならず、20年、30年落ちの古い日本のバスが走り回っていた。そして、かつて、シンガポールが新たな街づくりをするにあたってヤンゴンをモデルにしたと言われたほど、美しく機能的な町の姿は、すっかり失われた。

 2011年3月に発足したテイン・セイン大統領率いる新政権が、真っ先に着手したのが、ヤンゴンの再興だ。道路の改修を進めると同時に、関税引き下げなどで自動車輸入規制を緩和し、自動車の代替わりを促した。その結果、… 続きを読む

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産経デジタル

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