食は江戸にあり!江戸と食にまつわるお話(第1回)

江戸のファストフード、すし/鰻/天ぷらの歴史を辿る

2015.09.04 Fri連載バックナンバー

 ユネスコの無形文化財に登録されたことで世界中から注目を集めている和食。弥生時代から続く日本の食文化は室町・戦国時代にほぼ完成したとされています。そして文化の爛熟した江戸時代に、現在も私達が口にしている食べ物が生まれます。

 今回は、そんな江戸に根差した食文化についてお話ししましょう。

 

日本料理はどのようにして確立されたのか

 本題に入る前に、まずは日本の食文化の歴史を簡単に紐解いてみましょう。現在の私達日本人の主食は「米」ですが、稲作が本格的に開始されたのは、弥生時代のはじめとされています。この後、平安時代になると、中国からの影響を受けた「大饗(だいきょう)料理」が登場します。大饗料理とは宮中や貴族の供応料理として発展したもの。四種器といわれる小皿に4種の調味料が用意され、まわりの料理を卓上で調味して食べていました。

 その後、室町時代になると本膳料理が登場します。本膳料理とは、現代におけるフォーマルなフルコースに相当する、本格的なおもてなし料理。献立内容、食べ方、服装などの作法も細かく決められていて、「儀式」としての意味合いが強くなっています。この本膳料理によって現在の日本料理の基礎ができました。

 続いて室町時代から戦国時代にかけて、会席料理が登場。あまりにも儀礼的な本膳料理を簡素化して、お酒の席で出されるコース料理に発展させたものが会席料理です。この会席料理により日本料理は完成の域に達したのです。

 

獣肉を食べることを嫌った日本人の観念

 この室町時代から戦国時代は、できるだけ肉を食べず、米と魚、鳥、野菜を中心とした日本的な食事パターンが一般化した時期でもあります。

 日本の食文化を考える上で重要なのが、獣肉を食べることを嫌う「肉食禁忌」の思想です。もともと日本には、米を“聖なる”食べ物、肉を“穢(けが)れた”食べ物とする観念がありました。

 もちろん現実には、武士や中下層の人々の間では鹿、猪、兎などの肉食は広く行われていました。ですが、建前だけでも肉を遠ざけようとした姿勢は、中世の日本社会の隅々まで広く浸透していました。

 江戸時代になっても肉食は禁忌とされました。食生活は米に高い比重が置かれ、肉を嫌うかわりに魚を好むという方向がさらに進み、今日イメージされるような日本の食文化のパターンが完成し、成熟したのです。

 

「すし」、「鰻」、「天ぷら」は庶民に愛されたファストフード… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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