京都の名庭園、その歴史と文化を愉しむ(第7回)

戦争で消えるはずの茶室が残る、京都鷹峯の庭園

2016.01.23 Sat連載バックナンバー

 京都にはさまざまな観光名所がありますが、社寺や名所にある庭園を巡る楽しさも見逃せません。長い歴史の間に造られた数多くの庭園があり、敷地の一部に作られた「坪庭(つぼにわ)」や、石や砂で山や水を表現する「枯山水(かれさんすい)」、池を中心に作庭する「池泉廻遊式(ちせんかいゆうしき)」などバラエティに富んでいます。

 それぞれの庭園には造られた時代の歴史や文化が反映され、ゆかりのある人々の想いが込められています。前回は京都の北側、大徳寺を中心とした「紫野(むらさきの)」近辺の庭園を紹介しましたが、今回は京都の北西、「鷹峯(たかがみね)」近辺にスポットを当てます。

 

戦争で消えるはずだった茶室が集まる庭園

 「大文字焼き」で有名な大文字山のさらに北に位置し、かつては丹波(京都府中部)や若狭(福井県南部)に通じる交通の要衛であった土地が、鷹峯です。江戸時代のはじめには、芸術家・本阿弥光悦が徳川家康より広大な土地を拝領し、一族縁者を引き連れて移り住んだ土地としても知られています。さらに光悦を慕う芸術家や豪商も移り住んだため、鷹峯には光悦の屋敷を中心に街路に家が建ち並び、京都の芸術、文化の一大拠点となりました。現在も「鷹峯光悦町」という地名が残るほどです。

 鷹峯ではまず、比較的新しい庭園から紹介しましょう。ウールの着物を開発した「しょうざん」が、日本庭園をはじめ、染織工芸館、食事処、ボウリング場などのレジャー施設を配し、着物への理解や関心を高めるための“花と緑の観光工場”としたリゾート施設「しょうざんリゾート京都」にある庭園「しょうざん庭園」です。1951(昭和26)年にオープンしました。

 鷹峯に流れる紙屋川(天神川)沿いの緩やかな傾斜地を利用した、約11万平方mという広大な敷地内には、池泉回遊式の日本庭園が広がります。庭の核心をなす「紀州石」は、創業者が自ら和歌山に足を運び吟味したうえで購入したもの。樹齢100年を超える3,000本もの北山杉との間に見事な調和をみせています。

 庭園内には、戦後に消失される運命にあった茶室や屋敷をいくつも移築しています。たとえば… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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