古典に学ぶ、組織の対人関係(第5回)

「西郷南洲遺訓」に学ぶ、部下から慕われる人物とは

2015.09.04 Fri連載バックナンバー

 西郷隆盛(以下、西郷さん)といえば、西南戦争征韓論といった攻撃的、強硬な人物という印象があるかもしれません。しかし、実際は穏やかで誠実であり、地位や名誉などを求めませんでした。そのような人柄を慕い、自然とリーダーに選ばれた人物です。

 寡黙な西郷さんは、弁が立つ人物が多くの書物を残したのと反対に、著作を残していません。しかし、西郷さんと戦った庄内藩(現在の山形県庄内地方)が、西郷さんの言葉を集めて出版した、「西郷南洲遺訓(南洲翁遺訓)」という本が残っています。

 今回はこの西郷南洲遺訓をもとに、部下から慕われる人物の心構えを学びましょう。

 

元々は西郷さんの敵だった庄内藩が編集した理由

 冒頭で述べたように、西郷さんといえば西南戦争、征韓論という、戦争など武力に訴える印象を持つ方がいるかもしれません。西郷さんの戦争に対する考え方は、西郷南洲遺訓(以下、遺訓)の中で、次のように記されています。

「常備する軍隊の人数も、会計(税金)予算の中で対処すべきである。決して際限なく軍備を増やし、兵力を増強して威張ってはならない。(抜粋)」

 西郷さんは遺訓の中で“軍備は税金の範囲内で増強すべきである”と主張しています。つまり、必要以上に強力な軍事力に頼るべきではないと考えていました。実際の西郷さんは、武力に訴えるタイプではなく、戦争を好まない人物でした。

 実はこの遺訓を出版した庄内藩は、戊辰戦争で西郷さん率いる官軍と戦っていました。幕府軍についた庄内藩は官軍に降伏しますが、西郷さんは庄内藩に対し切腹や流刑などを命じず、罰金のみという比較的軽い処分で済ませました。庄内藩の人々は、自分たちに恥をかかせない配慮をしてくれた西郷さんに対し、尊敬の念を抱きました。遺訓が西郷さんの地元の薩摩藩(鹿児島県)ではなく、庄内藩から出版されたのもこれが理由です。西郷さんの言葉を編集して出版し、日本全国に広めたいという庄内藩の人たちの思いがあったのです。

 しかし、西郷さんはなぜ一時は敵対した人たちまで魅了したのでしょうか? 自然と人々に頼られ愛される、西郷さんのリーダーとしての心構えを学びます。

 

リーダーは偉ぶってはいけない。適任者にはすぐに自分の職を譲るべし

 遺訓には、「人の上に立つ者の心構え」として次のように書かれています。… 続きを読む

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荒尾 つよき

荒尾 つよき

フリーライター

起業&経営資料作成所(http://www.asian-consultants.com/)を運営。起業や経営に必要な会計、営業、経営課題解決に関わる内容を執筆している。

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