温故知新 時代を作ったビジネス書から学ぶ(第10回)

日本初のブランド企業、ノリタケ創業者の約束とは

2015.05.12 Tue連載バックナンバー

 日本を代表する世界的な洋食器のブランドである「ノリタケ」。ノリタケはもともと明治期の貿易会社「森村組」を源としていますが、森村組は明治日本の開港直後から日本製品の輸出に取り組んでいました。特に明治期から戦前にかけて輸出された装飾性の高い陶磁器はオールド・ノリタケとよばれ、世界中にファンを作りました。

 この日本で最初のブランド企業は、アメリカの販売現場からの指示に東京の本社が従うとう約束と、誠実さこそが最上策であるという企業姿勢を守り、絶大な信用を築き上げました。

 今回は、ノリタケを世界的ブランドに導いた、創業者の「3つの約束」について紹介します。

 

貿易で日本の金(ゴールド)を取り戻す

 森村組の創業者である森村市左衛門(六代目)は、横浜で外国人相手の商売を始めました。

 横浜の開港後、金銀比率の相違から、国内の金(ゴールド)が大量に海外へ流出したことに心を痛めた森村は、福沢諭吉に相談します。福沢は、輸出で外貨を稼ぐことの重要性を森村に教えました。森村市左衛門は輸出により日本の金を取り戻すために、貿易業の創業を決意します。

 森村組の設立の2年前となる1874年(明治4年)、弟の豊(とよ)が慶應義塾に入学しており、英語と簿記を習得していました。市左衛門は福沢の計らいで豊をニューヨークに送り、市左衛門が日本国内で仕入れをした商品を荷造りし、豊が森村組のニューヨークの店で販売するビジネスモデルを構築。この貿易業には、錦絵(多色刷りの浮世絵)の制作・販売をしていた美的センスの高い大倉孫兵衛も参加していました。

 森村組のニューヨーク店は1876年(明治9年)開業、当初は日本の古物・美術品が主でしたが、アメリカでのニーズに合わせて、陶磁器に集中していきます。

 

東京の本店はアメリカの顧客ニーズに従わなければならない

 ニューヨークの豊は、東京の本店に対し “アメリカからの指示に絶対に従わなければならない”と厳命しました。東京の市左衛門と孫兵衛は、「米状神聖」と約束し、アメリカからの書面(米状)による指示に従い、洋食器の製造に挑戦していきました。… 続きを読む

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鈴木 健治

鈴木 健治

特許事務所ケイバリュエーション 所長 弁理士

経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員などを歴任。著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。取引先の経営者・担当者にビジネス書の書評をお届けしている。公式サイト:http://kval.jp/

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