歴史書店 三冊堂(第24回)

土方歳三、北へ――京都以降の新選組をたどる

2015.06.11 Thu連載バックナンバー

 幕末の京都を席巻した新選組。文久3(1863)年に結成された京都の治安維持組織のひとつで、組織の名は会津藩主・松平容保が名付けたものだとも伝わります。局長・近藤勇や鬼の副長と呼ばれた土方歳三、天才剣士・沖田総司など、彼らの名を一度は耳にしたことがありますよね。過激攘夷派の集会場となっていた池田屋を襲撃した、池田屋事件も有名です。

 古くは司馬遼太郎先生の名作「燃えよ剣」や、2004年には三谷幸喜さんの脚本で大河ドラマが放送され、近年では「薄桜鬼」という乙女ゲームの題材にもなりました。今でも幅広いファン層を抱えている一大ジャンルなのです。

 しかし、これだけいろいろなメディアの素材となる新選組ですが、実際に彼ら新選組が活動していたのはわずか、6、7年ほどの短い期間でした。うち、京都で活動していたのは5年ほどで、京都を離れた残りの1、2年については、あまり知らないという人も多いのではないでしょうか。今回は、そんな“その後”の新選組の軌跡を辿りましょう。

 慶応3(1867)年、もともと低い身分の出身だった近藤や土方は、新選組での活躍が認められ、幕臣に取り立てられることになります。武士に憧れ続けていた近藤と土方にとって、念願叶った瞬間でしたが、喜びもつかの間。その年、江戸幕府は大政奉還を行い、実質的に江戸時代は終わりを迎えます。

 明くる慶応4年、1月から旧幕府軍と、薩摩、長州を中心とする新政府軍との間で激しい戦いが起こりました。これが約2年ほど続く戊辰戦争です。新選組は旧幕府軍に属し戦いますが、最新鋭の銃機器を前に、もはや刀ではどうにもできません。

 京都で起こった鳥羽・伏見の戦いでは、近藤や土方、沖田が10代の頃から慕っていた兄貴分・井上源三郎をはじめ、苦労をともにしてきた仲間達が戦死。船に乗り、江戸へ逃げ戻ると、旧幕臣・勝海舟は江戸の町を守るため、新政府軍への恭順を示します。近藤たちは、もう自分たちが必要とされていないことを痛感しました。

 やっかい払いされるように、甲州(山梨県)への進軍を命じられ、新隊士の募集をかけるなど戦闘員の補充を行いますが、ここでも新選組は敗退。永倉新八や原田左之助ら、新選組結成時のメンバーが離脱するなど、このころから結束はゆらいで行きます。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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