歴史書店 三冊堂(第8回)

男子禁制の女の園「大奥」、本当はどんなところ?

2014.10.13 Mon連載バックナンバー

 「大奥」というと、絢爛豪華な衣装やセットを思い浮かべる人が多いかもしれません。菅野美穂さんが出演したテレビドラマや、嵐の二宮和也さんが主演の男女が逆転した映画がまさにそうです。このほかにもテレビや映画で過去にも何回か制作されており、人気の高い題材です。

 しかし、華やかなで豪華絢爛の大奥の世界のすべてが現実だったのか、というと、違うといわざるを得ません。むしろ、あまりよくわかっていない、というのが現状です。

 そもそも「大奥」と呼ばれる区画は、江戸幕府が始まった初代将軍・徳川家康の時代からありました。しかし、そのころはまだ政務を行う場所にすぎず、はっきりと分けられていたわけでもありません。

 大奥がお世継ぎを生むための機関となったのは、3代将軍・家光の時代からで、彼の乳母である春日局が設立のリーダーを務めました。このとき江戸城は、役所である「表」、将軍が政務を行う「奥(中奥)」、そして将軍の私邸である「大奥」とに区分されたのです。

 大奥はいわば将軍のプライベートゾーンなので、あまり詳しい記録が残っていないのもいたしかたないといえるでしょう。だから妄想の余地がたくさんあり、ドラマやマンガの題材にも好まれるわけですが、お世継ぎをつくる機関であれば、女性がたくさんいたことは間違いありません。

 今回紹介する『大奥婦女記』では、そんな大奥に仕えた女性たちの意地と戦いが次々語られ、思わずタジタジになってしまいます。それに引き替え、殿様たちののほほんぶりときたら……いつの時代も、じつは女性が動かしているのだとしみじみ感じてしまいます。

 さて、大奥というと「男子禁制の女の園」のような描かれ方もされますが、本当にそうだったのでしょうか。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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