歴史書店 三冊堂(第2回)

幕末最大のミステリー 「龍馬暗殺」の犯人とは?

2014.07.19 Sat連載バックナンバー

 歴史は、わかっているようでじつはよくわかっていないことがけっこうあります。かつて足利尊氏といわれていた肖像画が、近年になってどうも違う人の絵らしいということで教科書にはあまり取り上げられなくなりましたし、同じようなことが源頼朝の肖像画にもいえます。

 室町幕府を席巻した“悪女”日野富子も、晩年はどこで過ごしたのかよくわかっていないですし、徳川家康を追いつめた日の本一の兵・真田幸村(信繁)だって、若いころはなにをしていたのかよくわかっていません。

 このようにわからないことだらけなのは、歴史上の大事件でも同じことです。たとえば、明智光秀が本能寺の変を起こした動機や理由はいまだにはっきりしていません。本能寺にいたるまでの行動や、一部始終は詳細にわかっているにもかかわらずです。

 そして、本能寺の変と同じくらい大事件でありながら、同じく謎だらけなのが、今回のテーマである「坂本龍馬の暗殺事件」です。

 龍馬暗殺事件の一番の謎は、犯人がわかっていないことです。明らかになっているのは、慶応3(1867)年11月15日(ちょうど、龍馬の誕生日です)、京都河原町の醤油商近江屋にて、同志の中岡慎太郎、お付きの藤吉とともに斬殺されたという事実だけです。

 もちろん、犯人と考えられる組織や人物はいるのですが……京都見廻組だとか、新選組だとか、紀州藩だ薩摩藩だと諸説あって、龍馬の周りはみんなあやしいのです。

 そんな事態になってしまったのは、龍馬本人が悪かったりします。龍馬はあまりにも先進的すぎる思想の持ち主で、当時にしてみたらいわゆる「KY」な人でした。

 「日本を洗濯する」というと聞こえはいいのですが、触れてはいけない領域にまでズカズカ踏み込んで、薩長同盟や大政奉還を成し遂げたということは、周囲の迷惑も不利益もおかまいなしだったということとイコールなのです。だから、いろんな人に恨まれていました。龍馬の奔放さが、自分自身の命を奪った者の正体を藪の中に放り込んでしまったともいえるでしょう。

 そんな中で、「実行犯」として最も有力視されているのが… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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