歴史書店 三冊堂(第22回)

桜に無常観を見出す日本人、でもやっぱり花より団子?

2015.03.28 Sat連載バックナンバー

 ネットが発達して日本の文化が世界に広く知られるようになり、また国際線の乗り入れが増えたこともあって、外国人観光客が気軽に日本を訪れるようになりました。

 そんな日本ファンの外国人には、「四季があるから日本が好き」という方も多いとか。常日頃から四季の中で生きている日本人には意外かもしれませんが、はっきりと四季がある国って実際はけっこう珍しいです。

 桜咲き乱れる春、蝉しぐれの夏、紅葉に染まる秋、雪で静まり返る冬……そうやって考えると、季節の連続性が季節ごとの喜びをより大きくしている気がしてきます。夏が好きな人でも、常夏の国に住んだら感激が薄れてしまうでしょう。日本人が桜を愛してやまないのも、長い冬を越えてきたからこそかもしれません。

 とはいえ、桜の季節が近づいてくると、日本人の反応は二種類に分かれます。「また新しい季節がやってきた」と胸躍る人と、「またあの騒々しい季節がやってきた」とうんざりする人に。

 日本人が桜前線とともに春支度を整える習性は、桜にその年の豊穣を祈った古代から変わりません。その一方で、花見が一部の人には野暮ったくて苦々しい行事に思われていたことも、昔から変わらないようです。

 桜といえば西行の歌が有名です。

 「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」

 これは「桜の木の下で死にたい」という思いを吐露した歌です。西行は奈良の桜の名所・吉野にある草庵で、桜の名歌をいくつも残していますが、そんな彼もまた、花見の騒々しさを忌み嫌うひとりでした。『西行物語』には、花見客のうるささにいらだち、「桜に人が群れるのは桜の罪だ」と逆ギレまでする西行のエピソードが掲載されています。

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 花見の騒々しさは昔も今も変わりません。日本人は桜に文学的な無常の思想を見いだしてきましたが、それは一部のインテリたちの発想にすぎず、多くの一般人にとっては“花より団子”だったのです。

 そんな“花より団子”の最大の体現者が、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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