歴史書店 三冊堂(第21回)

判官贔屓に異議あり!平清盛はただの悪人ではない

2015.03.14 Sat連載バックナンバー

 “悪人イメージ”の強い歴史上の人物は少なくありません。松永久秀とか黒田官兵衛とか、日野富子なんかもそうでしょう。

 だけど、そういわれるようになったのには、きちんと理由があります。

 久秀は将軍暗殺や東大寺大仏殿への放火など、やり方は少々過激でしたが、それでも天下を狙っていたという点では、結局のところ織田信長と同じ人種です。官兵衛は、神格化されがちな夭逝の軍師・竹中半兵衛との対比で陰険な人物にされている節があります。富子にいたっては、情けない夫と息子のせいで自分が幕府を守るしかなかったのですから、お気の毒としかいいようがありません。

 そんな悪人イメージの人物の中でも、特に気をつけなくてはいけないのが、敗者側の人物でしょう。

 たとえば、関ヶ原の戦いで徳川家康に敗れた石田三成は、その後の江戸幕府でずっと悪臣のそしりを受けてきました。近年は豊臣政権での有能な官僚ぶりなどが評価されていますが、長年にわたって悪人イメージで語られた人物だったのです。

 勝者側からすれば、自分の人気を高めるには敗者側の人気を下げるのが手っ取り早いですから、ねつ造も辞さないネガティブキャンペーンをはるのは当然のことです。

 さて、ここで忘れてはならないのが、なんといっても平清盛でしょう。いわずと知れた「世紀の大悪人」です。『平家物語』の有名な一節、「奢れるものは久しからず~」の「奢れるもの」とは、ずばり清盛と彼が率いた平家一門を指しています。

 さらに、日本人の心には源義経というヒーロー像が「判官贔屓」という言葉とともに骨の髄まで染みついていますから、清盛には分が悪いわけです。

 傲慢な平氏に対して勇猛果敢な源氏、陰険で老練な清盛に対してイケメンで軽快な義経(史実ではどこにもイケメンとは記されていないんですが)というコントラストによって、清盛のイメージは徹底的に蔑まれてきました。

 でもこれだって、勝者の源氏が敗者の平氏をこきおろした結果なんです。… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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