日本の情報通信技術をめぐる旅(後編)

通信のはじまりとインターネット誕生までのあゆみ

2014.10.17 Fri連載バックナンバー

 インターネットをはじめとしたネットワークは、いまや私たちの仕事やプライベートに深く関わっています。言うまでもなく、その根底には長い時間をかけて積み上げられてきた、数々の革新的な通信技術があります。

 日本における通信の始まりは、東京─横浜間をつないだ1本の鉄線(後年、銅線に変わっていきます)からでした。それがさまざまなプロセスを経て、世界を網目のように包む今日のグローバルネットワークに進化したのです。「NTT技術史料館」を訪ねてのレポート後編は、日本の通信技術の進化にスポットを当てて、その歴史を探っていきます。

(資料提供&撮影協力:NTT技術史料館)

 

1本の鉄線から始まった日本の通信史

 前回の記事でも触れましたが、1854(安政1)年にペリーが幕府に献上した「電信機」から日本の通信の歴史は始まります。ちなみに「電信」とは電気を利用した通信のこと。広義では有線、無線を含めた電気通信全体を指しますが、狭義には文字、図、写真などを電気信号に変換して送受信することを指し、音声通信の電話とは区別されます。もちろん、図や写真などを送る技術などない当時の電信とは、文字のみを電気信号に変換して送受信するものでした。

●電信の公開実験の様子

 ペリーが幕府に献上した電信機は、送信された信号を受信側の紙テープへ記録する「エンボッシング・モールス電信機」でした。献上された同年には横浜駒形応接所から張られた約1kmの電信線を使い、アメリカ人技師の手により公開実験を実施。送られた最初のメッセージは「YEDO, YOKOHAMA」(江戸、横浜)でした。

 

●日本最古のネットワーク「裸線」(はだかせん)

 当時の電信網には「裸線」というむきだしの鉄線が使用されました。当時は回線を覆う天然ゴムが高価で、大量に確保するのは困難だったため裸のままで使用したようです。この裸線を引くにあたり電柱も建てられましたが、街道沿いに等間隔に植えられた松の木も電柱代わりに使われました。裸線は1905(明治28)年に東京と佐世保間を結ぶ1,550km以上の「長距離電話回線」にも使われています。裸線による長距離ネットワークは、世界的に見ても珍しいケースだそうです。

 さて明治以降、日本の電信電話技術は民部省から独立した工部省を経て、1885(明治18年)より逓信省の手で運営され、近代国家の基盤として整備されていきます。官営時代の技術の歩みに一貫するものは、海外の先端技術の積極的な摂取と消化であり、それに基づく自主技術の開発でした。こうして、日本の通信基盤は着々と整備されていきます。このネットワークにおける長距離間のやりとりを支えたのが革新的な「長距離伝送技術」でした。… 続きを読む

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Bizコンパス編集部

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